第4話 空想してみよう

「いままでどうやって生活してたんだよ」

 常識にとらわれているケンちゃんはボクのことが理解できない。


「それは言えない」

 だからまだ教えるわけにいかない。

 ボクはぐっと口をつぐむ。


「なんで?」

 ケンちゃんがキレそうだ。目が座っていてなんか怖い。

 まずいかも? ここは適当なことでも言っておこう。


「ボクは地底人だから、詳しいことを教えたらいけないんだ」

「その設定、まだ続けるのか?」

 ふむふむ。ケンちゃんは設定って考えるんだ。


「設定じゃないもん。地底人だもん」

 ちょっと違うけど。


「それじゃあ、ショウは地底人なんだな?」

 適当なことを言っても怒りそうかも? 元々カリカリしてるもんね。カルシウムを摂ったらいいのに。カルシウムも牛乳じゃなくてにぼしとかの小魚系がいいかな? 根拠とかはないけど。それでもおばあちゃんに言って用意してもらおう。


「うんっ!」

 ボクは強くうなずいた。なせば成るかなあ?


「地底人ならショウはここにいればいい。俺は行く」

 立とうとするケンちゃん。ホントに置いて行かれそうだった。

 慌てて腕にしがみつく。


「待って待って、ケンちゃん待って」

「あ?」

 怖い顔をしたケンちゃんがボクを睨みつけた。年上なんだから、もうちょっと大人になってくれないかな。


「設定じゃなくて、空想。地底人だったらっていう空想だよ」

「どう違うんだ」

 それを聞かれても……。


「やってみればいいよ。楽しいから。ごっこ遊びみたいな感じ」

「ごっこ遊び?」

 案ずるより産むがやすし。産んだことがないからわかんないけど、なんか面倒くさくなってきた。


「おままごとみたいな感じ。地底人ごっこ」

 ケンちゃんは乗り気ではなさそうだった。

 ここはボクの腕の見せ所かもしれない。ごっこ遊びの楽しさを思い知ればいい。


「ボクとケンちゃんは地底人。いままでずっと地面の下に居て、空を見たことがないんだ」

「俺も地底人なのか?」


「さっき言ったじゃん。なりたい、なりたくないじゃなくて、気が付くと地底人なんだって」

「………………」

 ケンちゃんから文句が出なかったから続けた。なんだかんだ言って、ケンちゃんはいつも聞いてはくれる。


「ボクらはね、今日、初めて地上に出ようとしているんだ」

「初めてなのか?」


「そうだよ」

「俺は外から来たから地底人じゃないって言ってただろ」


「そんなこと言ったっけ?」

 言った覚えはあった。

 でも、それをいちいち拾っていたら話がどんどん面倒くさい方向に行く。合わないと思ったらこだわらない方がよい。


「言ったぞ」

 真面目にケンちゃんは言う。

 茶化す感じではなくて、ボクが適当なのが許せないようだった。こんなにかわいいおこちゃまなボクにも情け容赦がないケンちゃん。

 呆れて良い?


「じゃあ、それは忘れて。新しくやりなおすから」

「そうならそうと早く言え」

 ごっこ遊びだろうと真剣なんだね。これはボクの方が合わせてあげないといけない。


「ケンちゃんはずっと地底にいたんだ。でも、地底人に『なった』んじゃなくて、地底人であることを『知らなかった』って感じかな?」

 ボクの口からすらすらと設定……、というか言葉が出てくる。

 うん。楽しい。


「ボクたちは、大人に地上に世界があることを教えられてこなかった。だから、自分たちのことを地底人だと思っていないんだ。『地底人』っていうのは地上にいる人たちがつけた名前だから、地底人にとってはそういう意識がないんだよ」

「ショウもなのか?」


「ボクは知ってたよ。だからこうしてケンちゃんに教えることができるんだ」

「ご都合主義か?」

 ムッとしたみたいだ。ボクの方が知っているというのが気にくわないらしい。ある程度の説明をして、納得してもらわないといけないな。


「違うもん。空想」

 ケンちゃんに知ってもらいたいのは、地底にずっといた人がいきなり青い空を見たらどんな感じになるのかを想像すること。


「ボクたちはずっと地底にいて、地上に出たことがない。でも、話では聞いたことがあるんだ」

 ボクは茶色い壁の洞窟を見た。


「ここを出たら、青い空が広がってるって」

 そう言って、洞窟の壁の向こうを意識して手を伸ばした。



 ……なんか本気で青い空が見たくなってきたかも。


「地上があるって知らない地底人なんだろ? なんで聞いてるんだよ」

 ホント、細かいことが気になるよね。

 ボクが雑な設定しか伝えられていないから仕方がない。時間があったらもっと細かくできるんだけど、まあ、それは気にしなくてもいいか。

 ボクは即興の天才だから。考えるよりも先に行動しているのだ。


「物語の世界として知っているんだ。自分たちが見ている地下の世界ではない、異世界の物語として小さい頃から知っているんだ」

 そう言って、ある共通点を思い出した。


「日本の昔話として、天狗の話とか聞いてるよね。あれが実話だったらってことなんだよ」

 さりげなく。ちょこっと。


「天狗なんていねーだろ」

 ケンちゃんはすぐに反応した。

 ふむふむ。思っていた以上に早い反応。


「ホントにそう思ってる?」

「……いないだろ」

 言う前の無言の時間。引っ掛かってはいるのか? それともただの偶然か。うむ。面白い。


「天狗と地底人だったら、どっちが居そう?」

「地底人?」

 疑問を持ちながらもそっちを答えた。


「どして?」

「地底人は人間だけど、天狗は人間じゃない」


「人間ではないからいない」

 ふむふむ。


「人間並みの知力で羽が生えているような生き物はいない」

 天狗は羽が生えている。鼻が高いとかでもいいんじゃないの? どして羽が先にきたんだろう。


 頭では否定しているけど、こころの奥底ではそうでもないのかも。すぐに答えたのが意外といえば意外だし。

 まあ、天狗のことはこれくらいでいいか。しつこくしてキレられても困るし。


「じゃあ、人間は地底に住める?」

「地下に住んでる人だっているだろ」


「それは地底人じゃないよ。ただ地下に住んでるこの世界の人だし」

「地底人は人間じゃないのか?」


「お日様に当たらなくても元気でいるってことだから、違うかもしれない」

「それじゃ、ますますわかんねーよ。地底人の気持ち」


 たしかに本末転倒ってヤツかも。

 とりあえず、地底人の方が居ると思えるのなら、そっちから行こう。


「じゃあ、ボクらで言う異世界みたいなお話として聞いているんだ」

「地上の世界のことを?」

「うん」

「地底人が?」

「そう」


「ファンタジーとか、他の星の世界とか。海底都市もありかもだし、もしかすると死後の世界とかみたいな感じかな?」

「死後の世界はないだろ」

 他はあるかもしれないんだ。


「本当に?」

 さすがに死後の世界はボクもわかんない。

「いや、ないだろ」


「ボクらは死んだらどうなっちゃうの?」

「死んだらそこまでだろ?」

「異世界転生はしないの?」

「しない。消える」

「こわ……」

 死んだら消えるって思うと、死ぬの怖いよね。


「だから、昔の人は死後の世界があるって考えたんだろ」

「ケンちゃんはそういう考えの人なのかぁ」


「そういう考えもないだろ。他にどういうのがあるんだよ」

「自分が知っていることだけが事実とは限らないんだよ」

 ボクがそう言うと、ケンちゃんは痛いところを言われたという顔になった。


「人が死んだ後、どこへ行くのか。それはどこなのか。『わからないからない』っていうのは、考えることをやめちゃってるよね。ダメだよそれは」


「海底だって全部わかっているわけじゃないよ。そこに海底人がいないって、どうして言えるの?」

 こないだ、ケンちゃんが海底を探検するアニメを観ていたのをボクは知っている。

 だからケンちゃんもピクっとした。


「宇宙なんてもっともっと広いんだよ。この広い宇宙に、知的生命体がいる星なんて、いっぱいありそうだよね?」


「可能性はゼロではないけれど、限りなくゼロだろ?」

「ロマンとかってケンちゃんにはわかんないわけ?」

 そういうことが言いたいのではない。


「そもそも俺、地底人じゃないから」

「ボクだって違うよ」

 しまった。思わず本音がもれた。


「とにかく、ケンちゃんは今日、上の世界には青い空があることを知って、それを確かめに来たんだ」

「ショウは?」


「ボクは付き添い」

「お前が付き添い?」


「うん」

「付き添いになるかよ」


「じゃあ、付き添いと言いつつも、やっぱり青い空が見たかったからついてきたって感じかな?」

「やっぱ見たいんじゃないか」

 ケンちゃんはあきれたように言う。


「だって、ワクワクしない?」

「なにが?」


「地底人が初めて青い空を見るんだよ。どんな気持ちになると思う?」

「初めて見るんだろ?」


「そうだよ」

「じゃあ、期待と不安が入り混じっているんじゃないか?」

 ケンちゃんがそう言ったから、ボクは思わず息を吸った。


「そうだね。きっとそうだよ。期待と不安でわくわくドキドキな地底人だね」

 そう思ったら居ても立っても居られなくなって、ボクは歩き出した、出口に向かって。


「何なんだよ……」

 そう言いながらもケンちゃんがついてきた。


「ドキドキわくわくしながら地底人が青い空を見るんだよ」

 自分で言っておきながらだけど、ちょっと楽しい。


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