第2話“役立たず”の正体
──パキッ。
薪がはぜる音が、静かな夜に響いた。
レイは古びた空き家の片隅、冷たい石の床に背を預け、魔剣を膝に抱えて座っていた。
契約から数時間。
あの瞬間から、世界がまるで変わって見える。
夜の闇が深く、そして美しい。
焚き火の熱が心地よく、遠くで鳴く梟の声までが鮮明に耳に届く。
「……本当に、これが“俺の力”なのか」
《ああ。お前の中には元より眠っていた。だが、封じられていた。あのパーティの“誰か”によってな》
低く、重みのある声が、頭の奥に直接響く。
それは、剣から発せられる“思念の声”──断罪の魔剣、グリム。
「封じられてた? 俺の……力が?」
《察しが良い。魔力の流れを意図的に妨害されていたな。簡単に言えば、お前は“力を出せないように細工されていた”のだ》
「……誰が、そんなことを……」
《誰かは、いずれ知ることになるだろう。だが、それは重要ではない。問題は――お前が“今”、覚醒したということだ》
レイはゆっくりと息を吐いた。
炎のゆらめきが、剣の刀身に映り込む。黒く、禍々しく、だがどこか神秘的な輝きを湛えている。
思い出すのは、あの夜。
何の前触れもなく、勇者パーティから突きつけられた「追放」。
(理由は分かってた……俺が“役立たず”だったからだ)
支援魔法も平均以下。攻撃も冴えず、特別なスキルもなかった。
けれど、支えていたつもりだった。誰よりも仲間のことを考え、無理をして前線にも立った。
──その結果が、「お前はいらない」の一言だった。
「……チクショウ……」
膝の上で、拳を握る。
悔しさが、怒りに変わり、そして――熱に変わっていく。
《よろしい。お前の“怒り”は我を強くする。復讐を望め。否、望むな。叶えろ》
「叶えるさ……必ずな」
その時だった。
突然、扉が蹴破られた。
「いたぞオオッ!!」
レイは反射的に立ち上がった。
入ってきたのは、三人のならず者――盗賊風の男たちだった。見るからに凶悪な面構え。剣と斧をぶら下げ、殺気を隠そうともしない。
「へっ、ずいぶんと静かなところに隠れてたじゃねぇか。お前、レイだろ?」
「元・勇者パーティの雑魚だってなぁ?」
「“追放された無能”って、俺たちの間でも有名だぜ? 今はただの賞金首ってわけだ」
三人は笑いながら部屋に踏み込み、包囲するようにしてレイを取り囲む。
《さて、初の実戦だな。我が主よ。今こそ“剣”を振るえ》
レイは無言で、魔剣を手に取った。
その瞬間、空気が変わる。
「……は?」
三人のうち一人が、動きを止めた。
「何だ……空気が、重い……?」
《我と契約した時点で、お前の身体能力は常人の十倍。加えて“戦闘予測補助”が働いている。全ての動きを“先読み”できる》
(……試してみろってことか)
「おい聞いてんのか、コラ! テメェ、ぶっ殺して――」
ドンッ!!
レイの剣が唸った。
黒い閃光が、一直線に男の剣をはじき飛ばし、斬撃はそのまま――
「ぎゃあああああああッ!!」
腕ごと、男の武器を斬り飛ばした。
「……な、何だコイツ……“本当に無能”だったんじゃねえのかよ!?」
《愚か者どもだ。目の前にある“力”を前に、過去の情報に縋っている》
残る二人が同時に飛びかかる。
斧と剣が交差するように振り下ろされ――
だが、レイは一歩も動かず、二太刀で両方をいなした。
「速い……!? 嘘だろッ!?」
レイの身体はもはや本能で動いていた。
視線の先に敵の動きを読み、最短の距離で武器を無効化し、次の瞬間には懐に入り込む。
「や、やべぇ! 無理だ、こいつマジでやべえ!!」
最後の一人が背を向けて逃げ出そうとする。
「……逃がすかよ」
レイは一歩踏み込み、跳んだ。
《“飛剣”》
魔剣が黒い雷光を放つ。
その一閃は、逃げようとした盗賊の背を切り裂き、気絶させた。
全てが、十秒もかからなかった。
部屋には、呻く盗賊たちと、静かに佇む一人の少年だけが残された。
《見事だ。どうやら、お前は戦いの才能にも恵まれているようだな》
「……はは、そうかもな」
膝に力が抜け、レイは床に座り込んだ。
激しい戦闘の後とは思えないほど、身体は軽かった。
「これが……俺の“本当の力”……。じゃあ、あいつらは……」
《お前を追放した者たちは、“真実”を恐れたのだ。あるいは、己の立場を守るためにお前を潰した》
「……カイル」
リーダーだった男の名を呟く。
あの日、自分に言い放った冷たい言葉と、嘲るような目。
仲間たちの無言の背中――裏切りのすべてが、レイの胸を焼いた。
「許さない……俺は、お前らを絶対に許さない」
拳を握る。その手に、黒い剣が静かに寄り添う。
《ならば、共に進もう。我は“断罪の剣”。貴様の怒りと正義を刃に変える》
レイは立ち上がった。
燃えるような復讐心とともに、静かに誓う。
(見ていろよ……あのとき俺を捨てた奴ら。
“世界を救った英雄”になるのは――この俺だ)
そして、物語は静かに、しかし確かに動き出す。
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