ヘレティックの最後


「ぐうう……」


「これで終わりだ博士」


 辺りはボロボロ。隊長と放火魔はこのクソ野郎に敗れた。

 怒りが俺の心を支配する。時間はないが出来る限りこいつを苦しめてから殺そう…と俺の心に眠る悪魔が誘惑してくる。


 博士に馬乗りになった俺は持っていたナイフを振りかぶり、まず奴の耳を切り落とそうと狙いを定める。

 そして今まさに振り下ろそうとした時、博士はその老体に似合わない大きな笑い声を上げ始めた。


「はあ〜っはっはっは!!! 哀れなだなあ小僧!!! 自身に起きた異変に気づくこと無いその姿!!! 笑いがこみ上げてきて止まらんわい!!!!」


「なんだと?! どういう事だ!!!」


 俺はコイツに何かをされた? 体の違和感?

 そんなモノはなにもない。嘘だ。こいつは死にたくないから嘘をついているんだ。



 だが……そう思えない。こいつの笑いは心の底から他人の不幸を嘲笑っている時に出るものだ。

 昔の俺ならともかく悪い奴らを大量に相手してきた今なら分かる。

 こいつは嘘を何一つついていない。俺は何かをされたんだ。



 まさか薬を…? 俺も剣士のように薬を注射されたのか?

 だがそんな記憶はない。けど奴らの薬は記憶を忘れさせる。もしかしたら薬を打たれた記憶を消したのか?


 頭が歪んで行く。いやこれは錯覚だ。だが本当にそう感じる。きっと俺を正面から見ていたい博士もそう感じたのだろう。

 ケタケタとこちらを更に嘲笑い、下卑た表情から勝ち誇ったような笑みに変えた。


「お前さんどうやら気づいたようじゃな。その通り! 貴様は既に儂の作った薬にやられた。」


「嘘だ!!! 薬を打たれたら途轍もない痛みを感じるはず!! だが俺は戦闘中一……度も……?」


 あ……れ? ……俺、コイツとの戦い何てそもそもしたっけ……?


「ふん。薬は空中散布済みじゃ。作られてまだ精度が甘く、貴様以外の奴らに感染させる前に塵になったがな」


「……そんな」


 駄目だ…。どれだけ考えても思い出せない。

 本当に……? 本当に俺は忘れてしまったのか? 



 ……しかし何故? 何故その瞬間? 博士との戦闘の瞬間だけ俺は記憶を消された?

 なにか意図があるはずだ。それとも俺の消された記憶は決戦の瞬間だけじゃない……?

 過去を振り返って考えてみるんだ。きっとそこに答えがあるはずだ。奴が消した記憶の正体が!










「…………あ。……あああああ!!!!」


「はあ〜はっはははは!!! 儂が嗤った理由!! ついに理解したようじゃな!!!」


「記憶……。ヘレティックの皆が残した……最後の言葉!!! 俺は皆の死にゆく瞬間の最後に残した軌跡を忘れたのか!!!」


 記者が俺を吹き飛ばす前に言っていた言葉。

 医師との最後。警部が遺した遺書。そして隊長と放火魔、俺の三人で起こした決戦。



 全部思い出せない。忘れてしまった…。皆が俺に託してくれたはずのモノを…。俺は!!!!!


 無様に涙を流す俺を、博士は最後まで嘲笑う。

 そしてこいつは…衝撃的な一言を言った。


「ああ良いことを教えてやろう。お前達三人の他にも二人。お前達の戦闘時に乱入してきた奴らが居た。一人は薬の痛みで動けなくなったお前の事を庇っていたぞ」


「……………………は?」


「まあ貴様はその事すら完全に忘れたんだがのう!!! かっ〜はっはっは!!! きっと貴様はこの場所で起きた戦いの事、何一つ覚えていないのだろう? くくく…。かっ〜はっはっは!!!」


「うるせえ!!!」


「がっ……」


 気づけば殺していた。だがこのクソ野郎は最後まで笑顔のままだった。

 何度もその顔を刺し殺したい欲求に襲われる。だがそんな時間俺には無い。俺にはまだ守るべき仲間が居る。


「…………探偵。行こう」


 彼女はまだ生きている。彼女を死なせはしない。それが皆の意思のはず……だ。



 今尚続く空爆の中、俺と探偵は無人島に用意して置いた脱出ポイントへと向かった。

 他の皆は居なかった。ギリギリまで待っても誰も来ることはない。

 探偵のタイムリミットを考え、俺は脱出ポイントを使うしか無かった。他の脱出ポイントに皆いるのだと…。薄氷の希望を胸に。

















 だが誰も帰ってこなかった。いや、厳密には帰ってきた者は居た。


「……我は、修羅なり!」



 変わり果てた剣士が、俺を探し当て襲いかかってきたのだ。

 何とか俺は剣士に勝利できた。



 ……しかし剣士は、師匠はこの俺自ら手で殺してしまった。


「うう…。ううううう!!!」


 一晩は吐いた。三日三晩まともに動くことすら苦痛に感じ、部屋に閉じこもった。





 そして探偵の件も……俺の心にダメージを与えた。

 彼女はかつて俺が助けた闇医者の元で治療を受けさせた。設備も十分あり、何より信頼できる。

 国連に裏切られた俺にとって、唯一信用できる相手だった。


「……万能者。結論から言おう。彼女はもう決して目覚めることはない」


「そんな…!? 医師なら治せるって!!」


「それは医師だからだ。あいつ以上の医者は居ねえ。……俺にはできねえ。悪いがな。彼女はもう決して目を覚ますことはない。植物人間って奴だ」


「そんな……彼女まで居なくなったら。俺は……俺はあああ!!!!」


 病院の中で泣き叫ぶ俺の事を、闇医者はただ見ていた。

 他の患者も居るだろうに…。最後まで俺の側に居てくれた。

 泣きつかれ倒れ込む俺に彼はコーヒーを渡して来た。そして同時にある提案。……恐ろしい提案をしてくる。


「彼女は……どうする?」


「どうする……って?」


「……だから生かすか殺すかだよ。目覚めるかどうか分からない彼女を生かし続けるにはかなりの費用がかかる。……何より彼女自身も辛いはずだ。目が覚めたら30年経っており仲間はおめえ一人。…俺なら耐えられねえ」



 彼の言葉を聞きたくない。だが聞かないわけには行かない。

 彼の言葉は医者として正しい言葉だから。


「済まない…。俺にはもう彼女しかいないんだ。……だから!!! 俺は!!!」


「…………分かったよ。その代わり費用は多めに取る。それも毎年。だから……死ぬなよ。あんた達に俺は…いや世界は救われた。幸せを……掴み取ってほしい。それが俺の願いだ」


「…………ありがとう」















 それからすぐの事。世界各地で暴れるヘレティックの先遣隊。

 薬によって暴れているメンバー。俺はそいつらを全員拘束した。今度は殺さないように…細心の注意を払いながら。


 彼らも闇医者の下へと運んだ。発明家達から得た知識でナノマシンを治療できるかもと淡い希望を抱えて。

 だが無理だった。博士の作ったナノマシンはそれほどまでに厄介なシロモノだった。

 今も先遣隊の生き残りは闇医者の下で拘束され、暴れないよう意識を奪われた状態で保護されている。



 俺は気づいていた。だけど必死に自分を誤魔化し続けていた。

 だが……もう誤魔化せなかった。



 皆は死んだのだ…。


 もう…目を覚ますことはないと



「ああああああああああ!!!!!!!!」





 怒りに満ちた俺は自作した薬を持ち、国連の人間達の情報を集め、復讐へと向かった。

 後から聞いた話だが、その時の俺を見た人は皆気を失いそうになるほどのどす黒いオーラを感じたんだとか。











 




 ある日突然国連加入国全てのトップ達が悪夢を見た。

 自分がヘレティックのメンバーに復讐される悪夢。慌てて飛び起きると家族も皆大慌てで涙を流していた。

 家族全員…。同じ夢を見たのだ。そして全員の体には何時付いたのか分からない注射痕。


 その日を境に世界中で行われていたヘレティックの残党捜査は中止。

 ヘレティックに関することは禁句となった。






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