第21話

 次の日、午前中の浅い時間帯に、お屋敷の広大な庭の奥、手入れの行き届いた植え込みと滑らかな小径を越えると、そこには静かな湖が広がっていた。朝露の残る芝生の先で、湖面はガラスのように穏やかに波打ち、木々の葉が風にそよぐたび、水面にはゆるやかな模様が描かれていく。対岸には小さな山が緑に抱かれ、湧き水から始まる細い川が湖へと流れ込んでいた。空は柔らかな青に包まれ、ところどころに綿菓子のような雲が浮かんでいる。


 白く塗られた手漕ぎのボートが、湖畔の桟橋に一艘、そっと浮かんでいた。淵に沿って淡いレースのような装飾が施され、シートにはクリーム色のクッションが並べられている。ボートには、丸い籐のバスケットが一つ、すでに積まれていた。中には布に包まれた小さな陶器のティーポット、銀のポットに入った冷たい紅茶、レモンの輪切り、ガラス瓶に詰められた自家製のラズベリージャム。焼きたてのスコーン、バターを塗ったサンドイッチ、そして甘いクッキーと季節の果物がぎっしりと詰められている。


 メイドたちは、笑顔を浮かべながらそのバスケットを運び入れ、白い日傘を片手にゆっくりとボートに乗り込んだ。揺れる水の感触に少し身を引きつつも、誰もがその特別な午後を楽しみにしている様子だった。漕ぎ手のひとりが櫂を水に入れ、ゆっくりと漕ぎ出すと、ボートはすべるように湖の中心へと進み始める。岸辺の草木は遠ざかり、代わりに空と雲と湖面だけが周囲を満たしていった。


 ボートの中央では、紅茶の用意が始まっていた。クッションの上に布を敷き、ティーカップが並べられる。銀のトレイにはスコーンが美しく並べられ、メイドの一人が丁寧にクロテッドクリームを添えていた。もう一人は、蓋付きのガラス容器からフルーツを取り出し、小皿に盛っていく。ボートのわずかな揺れが静かなリズムとなって、遠くから鳥のさえずりと葉擦れの音がそれに重なった。


 その小さな世界の中で、メイドたちはお茶を注ぎ、サンドイッチを手に取り、笑顔を交わしながら午後の時間を楽しんでいた。白いティーカップの中で紅茶が陽光を反射し、カップのふちにレモンの香りがほのかに漂う。誰かが軽く声をあげて笑い、別の誰かがそっとバスケットからチョコレートクッキーを取り出す。


 ボートは静かに湖面をすべり、まるで時間そのものがゆっくりと溶けていくかのようだった。空はさらに淡く、風は心地よく、すべてが夢のような現実としてそこにあった。

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