第15話

「えっと、しばらく……このお屋敷で暮らすことになります。……まあ、“しばらく”って言っても、実際はもう、ずっとってことなんだけどね」


彼女――黒青は、誰に話すでもなく、ぽつりとそうつぶやいた。


この世界に「いたい」と願ったからではない。むしろ彼女は、一貫して「世界のからくり」に疑いを持ち、それを見破ってきた。上の地上世界とされる空間が実はねじ曲がっていて、そこに降り立てば逆に「地下」に行くことになる――その構造を理解した時点で、彼女は“普通の訪問者”ではなくなったのだ。


この世界は、それを見ていた。

思考の深度、視点の跳躍、そして認識の裏を読もうとする姿勢。


だから、世界は彼女に“居場所”を与えることにした。

それがこの屋敷。単なる建物ではない。存在の継続と、居住の権利――つまり「生存権」を象徴する、物理的な認証装置でもある。


この屋敷に住むということは、この世界に正式に受け入れられたということ。

そしてそれは同時に、ここに「責任を持って関わる」ことを意味していた。


だから彼女は、もう元の世界には戻れない。

でも、それでいい。


黒青は、玄関ポーチにそっと近づきがら、うっすらと笑った。

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