第8話
地面に浮かび上がった白く点滅する矢印に従いながら、黒青はゆっくりと歩みを進めていた。ホログラフィーで作られた未来区画の空間は、不思議な静けさとわずかな冷気を含んだ空気が漂い、彼女の足音が薄く反響する。周囲の壁や床は光の粒子で構成され、実体のない風景が次々と変化していく。その中にあって、彼女の心は次第にざわめき始めた。
そして、突如視界が開けた。そこには、小さなリビングのような空間が現れ、真ん中には数歳の女の子が一人、ぽつんと座っていた。まるで現実のようにそこに存在しているその子は、黒青を見つめる瞳の奥にどこか見覚えのある光を宿していた。自分と同じ眼差し、自分と同じ髪、顔、手足、瓜二つの姿。
「……あなたは……」
声が震えた。黒青はその瞬間、自分がただの訪問者ではないことを悟った。まだ幼いその姿に、時間と距離を超えた何か深い繋がりを感じずにはいられなかった。
女の子は口を開いた。
「やっと会えたね、ママ。」
その言葉に胸の奥が締め付けられ、黒青は息を呑んだ。未来のこの場所は、現実と虚構が交錯する不思議な空間だった。ホログラフィーが織りなす世界の中で、彼女はこの子がただの映像以上の存在だと感じていた。そこには確かな命の温もりがあった。
「私は……」
言葉が詰まる。黒青は自分が何を伝えればいいのか、どう振る舞えばいいのか分からずにいた。未来区画の静けさが、二人の間に流れる時間をゆっくりと伸ばしていく。
「怖がらなくていいよ、ここは安全な場所だから。」
女の子は微笑んだ。その笑顔にどこか優しさと強さが混じっていて、まるで母親である黒青を慰めるかのようだった。
「あなたがここを通り抜けられたら、次の世界に行けるよ。でもその前に、君に伝えたいことがある。」
黒青は深く頷き、未来の自分と対面するこの奇妙な区画の意味をゆっくりと理解し始めた。ここはただの試練の場ではなく、自分自身と未来、そして家族と向き合うための場所だったのだ。
「あなたがこれから歩む道は、決して簡単じゃない。でも私たちはいつも繋がっている。どんなに時が離れても、心は一つだよ。」
その言葉を胸に、黒青は静かに立ち上がった。ホログラフィーの光が二人を包み込み、未来区画の空間はゆっくりと変わり始めた。
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