第6話

黒青はしばらく、その場に突っ立っていた。腕の中の赤ちゃんは静かに抱かれているように見えたが、やがて小さな体がわずかに震え、次第に泣き声を上げ始めた。慌てて抱きしめ直すも、泣き声は止まらず、黒青は戸惑いながらも必死に赤ちゃんをあやそうとした。


「どうしよう……どうすれば……」


彼女は思い切って自分の胸元に赤ちゃんの顔をそっと近づけてみた。乳房のあたりに触れさせると、赤ちゃんの泣き声はぴたりと止んだ。

まるで安心したかのように、小さな手がゆるやかに動き、体が静かに落ち着いた。


しかし、その瞬間だった。赤ちゃんはふっと、まるで風に溶けるかのように、手の中から忽然と消えてしまった。


黒青は驚きのあまり目を見開いた。すぐに理解した。

「やっぱり……ホログラフィーか……」


これはこの世界が仕掛けた試練なのかもしれない。彼女に対する疑念の表れだろう。

「私に何を確かめようとしているんだろう?」

そんな思考が頭の中を巡ると同時に、まるで彼女の内面を読み取ったかのように、突然頭の中で声が響いた。


「手荒な真似をしてすまないが、この世界は脆弱でできていてね」

柔らかくも冷静なその声は、黒青の耳元で囁くように響いた。

「大人はこの世界にいない。ここには子供しかいないんだ。だから君のように上の世界から来る者が時折現れると、どうしても厄介なことになる。試したわけじゃないけど、君がどんな存在なのか分からない限り、子供たちを会わせるわけにはいかない」


声はどこか寂しげに、そして少しだけ冗談めかして続けた。

「ちなみに、私も子供の一人だけどね」


黒青はその言葉に少し息を呑んだ。まるで声の主が、この世界の一部でありながら別の存在であるかのように感じられた。


「とにかく話をしないか?それとも帰る?ここに来たのは何の用かな?それとも、ただの好奇心?」


一瞬の間があった後、声はやさしく問いかける。

「君の疑問に答えるための部屋は用意してある。みんなと相談して、君に会うのもいいかもしれないと決めたんだ。どうしたい?」


黒青はしばらく黙っていた。腕の中にはもう何もなく、ただ静寂が広がるだけだった。

この世界の不思議さ、子供だけの世界、そして自分が何者なのかを確かめられるかもしれない「部屋」――。


彼女はゆっくりと息を吸い込み、目を閉じて、心の中で決めた。

「話をしよう。ここで、ちゃんと答えを聞きたい。」


それは、この地下の異空間での新しい出会いの始まりだった。

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