第5話「ここにいて、ね?」

「レンくん?……探したよ。こんなところで、誰と話してるの?」


背後からの声に、蓮の体がぴくりと反応する。


夕焼けの逆光の中、笑顔のまま立ち尽くす結月。

その影の中にある瞳だけが、異様に濃く、深く見えた。


「……結月。いや、ちょっと橘さんと話してただけで――」


「ふぅん……“だけ”?」


結月の言葉は、まるで真冬の水みたいに冷たく張り詰めていた。


「お、おい、落ち着けよ」


蓮が言いかけたその瞬間、橘が一歩前に出た。


「結月さん。あなた、やっぱり――」


「……ねぇ、美咲ちゃん?」


結月の声が、ふいに優しさを増す。


「ひとのモノに、あんまり触らない方がいいよ?」


「……っ!」


橘の肩がビクリと震えた。結月の目は笑っていなかった。


「レンくん、帰ろ? 夕飯、今日は一緒に食べたいなぁって思ってたの」


「でも、まだ話の途中で――」


「……ううん。今すぐ、ね?」


その声は甘かった。まるで、選択肢なんて最初からないような響きだった。


橘が蓮に視線を送る。

「行かないで」ではなく、「気をつけて」という目だった。


蓮は、ゆっくりうなずきながら結月の隣へ歩く。

手を取られたわけでもないのに、腕が重たく感じた。


■ 夜


蓮の家。

ダイニングに結月が作った夕飯が並ぶ。


「どう? ちゃんと覚えてたよ、レンくんが好きだった味」


口にした瞬間、幼い頃の記憶がよみがえる。

あの頃、笑いながら食べた、似た味。


「……懐かしい。ほんとに……」


「でしょ?」


結月が嬉しそうに微笑む。


でも、ふと顔を上げたとき。

テーブルの向こうの結月が、じっとこちらを見ていることに気づく。


まばたきもせずに。

言葉もなく、ただ静かに。


「……どうした?」


「ねぇ、レンくん」


結月がぽつりと呟く。


「私のこと……信じてる?」


「……なに言って――」


「ううん。ちゃんと答えて?」


問い詰めるようでも、縋るようでもない。

ただ、真剣に、まっすぐに。


蓮は言葉を探す。けれど、喉に何かが詰まって出てこない。


「……あのさ。昨日、ノートを見たんだ」


そう言った瞬間、空気が凍った。


「え?」


「図書室で。偶然見つけて……読んだ。俺のこと、ずっと記録してたノート」


沈黙。


結月は静かに目を伏せ、次の瞬間、笑った。


「そっかぁ……見ちゃったんだ」


「……あれ、本気だったのか? あれ全部、ずっと――」


「うん、本気だよ?」


顔を上げた彼女の目が、ゆっくりと細くなる。


「だって、レンくんは私の“世界”だもん」


「世界……?」


「レンくんがいなきゃ、生きてる意味なんてない。

 だから、ちゃんと囲わなきゃって、思ったの」


──囲う?


蓮の鼓動が早くなる。


「ねぇ、レンくん……」


結月が立ち上がる。スカートの裾が揺れる。


「……逃げないでね?」


その声は優しくて、甘くて、

でもどこか、決定的におかしかった。

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