第4話「閉じる世界」

“彼女と距離を置いた方がいい。

あなたの身に危険が迫ってる。

――橘美咲より”

スマホの画面を見つめたまま、蓮は動けなかった。


──危険って、どういう意味だ?


橘美咲。最近、図書委員でよく話すようになったクラスメイト。

真面目で無口、でもどこか周囲をよく見ている子。

あの子がこんなメッセージを送ってくるなんて、ただ事じゃない。


それに「彼女」って、やっぱり──


(結月のこと、だよな……)


その瞬間、蓮の脳裏に、あのノートの記述がよみがえる。


「誰にも渡さない。誰にも見せない。」

「レンくんがまだ私を完全に見ていない。」

不気味なまでに整った文字と、まるで観察記録のような内容。

そして──


「計画の再調整」

あれは、単なる思い出なんかじゃなかった。


翌朝、学校に向かう足取りは重かった。

クラスのドアを開けた瞬間、視線を感じる。

いや──注がれているのは「視線」ではなく、「監視」だった。


「レンくん、おはよう!」


結月が、まるで昨日のことなんてなかったかのように、笑顔で手を振る。

その笑顔は完璧で、完璧だからこそ、怖かった。


「……おはよう。」


なんとか返事をすると、彼女は嬉しそうに机を寄せてきた。


「今日ね、お弁当一緒に食べたいなって思って。いいでしょ?」


「う、うん……」


断れない空気。いや、断ったら“何か”が起きそうな、そんな圧。


そして昼休み。

校庭の隅で二人きりになったとき、結月がふと口にした。


「……ねえ、レンくんってさ、誰かに変なこと言われたりしてない?」


「え?」


「たとえば……私のこととか。」


一瞬、彼女の瞳が鋭く光ったように見えた。


「な、なんにも言われてないよ。」


「……そっか。よかった。」


にっこりと笑うその顔には、どこか“試していた”ような気配があった。


(――バレてる?)


あのメッセージのことを知られている気がして、蓮の背筋が凍る。


放課後、図書室での委員会作業中。

橘美咲が、そっと近づいてきた。


「ちょっと、外で話せますか?」


誰にも気づかれないように、静かに図書室を出ると、彼女は低い声で囁いた。


「あなた、彼女に“鍵”を渡してしまったみたいね。」


「鍵……?」


「記憶の“結び目”よ。昔交わした約束とか、言葉とか。

 彼女はそれを『証明』として使ってる。あなたの自由を縛る“鎖”として。」


「そんな……」


「彼女が何者か、まだ知らないのね。……でも、まだ間に合う。」


橘の言葉に、蓮は小さく息を呑んだ。


そのとき──


「レンくん?」


背後から、甘く優しい、でも空気を一変させる声が響いた。


「……探したよ。こんなところで、誰と話してるの?」


振り返ると、結月が立っていた。

夕日を背に、笑っているのに、影の中で何も見えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る