第5話 朝の匂い
太陽が目を覚ましたとき、部屋にはほのかに香ばしい匂いが漂っていた。
目をこすりながら上体を起こすと、蒼真の背中が見えた。
彼は火鉢の前にしゃがみ込み、片手だけで何かを煮ているようだった。
左手――不器用そうに箸を動かし、火の具合を確かめている。右腕の袖は布で結ばれ、空しく垂れていた。
太陽はしばらくその背中を眺めていた。
背筋はまっすぐで、手つきはぎこちないけれど、どこか真剣だった。
(もう起きてたんだ……)
「……おはよう」
ぼそっと声をかけると、蒼真はちらと振り向いた。
右目は包帯に隠れ、左目だけで太陽を見据える。
「おう。起きたか。もうすぐ、できる」
その一言だけ。相変わらず、感情の読めない顔。
太陽は布団をたたみながら、彼の隣に腰を下ろした。
「……昨日、あんま寝てなかっただろ?」
「関係ない。朝は勝手に目が覚める」
手際は拙いが、慣れたように火をいじり、鍋の中をかき混ぜていた。
湯気の向こうで、ほんの少しだけ蒼真の表情が緩んだようにも見えた。
「何作ってんの?」
「残りの米。少しの干物。味は保証しねぇ」
「うまそうな匂いしてるよ」
太陽がそう言うと、蒼真は小さく鼻を鳴らした。
「……うまくなかったら、文句言うなよ」
太陽は微笑んだ。
その朝のひとときに、言葉にならない温度が、ほんの少しだけ満ちていた。
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