第8話 コンビニ...公園...


―――夜のビル街。

俺は残業を終え、ラピッドアイ・ムーブメント・スリープ、

疲れ切った体を引きずるようにして駅へ向かう。

光の洪水が都市を包み、黒い空に浮かび上がる窓の明かりが、

無数の星のように広がっている。

道路には赤と白のテールライトが筋を描き、交差点ではネオンの光が反射し、

濡れたアスファルトに映り込む。

ビルの屋上の赤い航空障害灯が点滅し、静かに夜の存在を知らせている。

街灯の下では、歩道を行き交う人々が、

スマートフォンの画面の光をぼんやりと顔に映しながら歩いている。

誰かのコートが風に揺れ、カフェの窓越しに、

温かな灯りの中で談笑する人々の姿が見える。

時折、車のエンジン音が遠ざかり、

代わりにビルの換気口から漏れる低い機械音が街の鼓動のように響く。

信号が青に変わると、歩行者の流れが生まれ、

通りの向こうへと吸い込まれていく。


何か軽く食べてから帰ろうと思い、

―――“真っ白い角砂糖の建物”・・へ。

自動ドアが開閉するたびに、電子音が短く響く。

ピンポーンという通知が、誰かの訪れを知らせる。

内臓飛び出ている、顔面半分吹き飛んでいる脳漿滴っている、

腐りたがりの、ゾンビが生気を取り戻す。

床は光沢のある白いタイルで、蛍光灯の光を反射し、

ほぼ影のない空間を作り出している。


入り口すぐ横に並ぶ雑誌と漫画コーナー。

週刊誌の最新号がきれいに積まれ、表紙には大きな見出しが並ぶ。

自分みたいな仕事終わりの会社員が、ネクタイを少し緩めながら、

お弁当コーナーを静かに眺め、

部活帰りらしき高校生が、仲間と談笑しながらレジへ向かい、

ジャージ姿で、飲み物を選んでいる。

店員がカウンターの奥で、手際よくバーコードをスキャンし、

ピッという電子音が小刻みに響いている。

機械化、オートメーション化、

生活のリズムが狂うほどに人工的な要素が入る。

明るい店内とは裏腹に、外の空気とは違って、ひんやりとして静かだ。

この時間帯の店員は妙に落ち着いていて、流れるBGMも控えめ・・・。

そんな時間帯に、まさかの人物がいた。

キレイに伸びる首筋から背骨のS字カーブ・・・・・・。


「……鹿子田先輩?」


反射的に声をかけてしまった。

すると、棚の向こう側で動いていた人影がピクリと反応した。

ゆっくりと顔を上げた鹿子田先輩は、驚いたようにこちらを見る。


「……何で・・・いるの・・・?」

スッとスマホをこちらに向けると、

パシャッ、と写真を撮られた。

すみません、何で撮りましたか(?)

「いや、俺も帰りが遅くて……」

「あ、ああ……」

言葉は交わしたものの、何とも言えない微妙な間が流れる。

だが、視線は自然と鹿子田先輩の手元に向かう。

買物籠の中には――パスタ、ポテチ、チョコレート、

甘いカフェラテ。買い物籠に納めた様はまるでテトリスのようで、

Eスポーツみたいに見える。

「……夜はカロリーが・・・高いものを・・・食べがち・・・、

不健康・・・そして・・・ジャンクフード・・・犬の餌・・・気が付くと、

真夜中に走り出している・・・終わらないフルマラソン・・・」


―――走っても体重落ちる人と落ちない人いますよね(?)


鹿子田先輩はボソッとそう呟く。

店員が段ボールを開け、棚にスナック菓子を補充している。

品物が積み上がる音が小さく響く。

「健康第一とは……?」


その言葉を呑み込んだものの、思わず眉を顰めてしまった。

普段、あんなにストイックに仕事をこなしているのに、

食生活はこんな感じなのか?

いやしかし、メロンパンにメロンは入っていない、

という意外な事実は学ぶことは出来る(?)


「先輩、いつもこんな感じなんですか?」

「……いや……」

「いや?」

「……いや・・・これは特別……今日は・・・疲れたから……」


特別なはずなのに、妙に慣れた感じで籠に入れられている品々。

絶対に、今日だけじゃないだろう、という確信がある。

とはいえ、仕事と私生活では百八十度違うということはよくある。


「普段はもうちょっと栄養バランス考えてるんですか?」

「……うん……」

少し間を置いてから、先輩が答えた。

「……でも・・・夜のコンビニって……誘惑が多い・・・、

悪魔の・・・邪悪な・・・囁き・・・」


―――悪魔と言う人と、鬼と言う人の二種類いますよね(?)


「詩的ですね……?」

「……手軽なもの・・・甘いもの……つい選んでしまう……、

そして・・・気が付くと・・・体重が増える・・・ダイエットをする・・・」

まるで何かに敗北したかのような言い方。

しかし、籠の中のラインナップを見る限り、

完全に戦う気がないのではないかという気もする。

ヴィーガンにも色んな人がいるけど、

もしかしたらその中の一割ぐらいはコンビニとか、

ファーストフードの食生活が嫌になったというのも、

あるんじゃないか、とぼんやり考えた。


夜のコンビニという特殊な空間だからか、妙に会話が続いている。

駐車スペースには、エンジンをかけたままの車が停まり、

デスマスクや、ツタンカーメンの蛇形記章みたいな、

運転席でスマホをいじっている姿が見える。


コンビニの照明は、

正面の道路に対して平行に蛍光灯を配列している。

蛍光灯が横方向に強い光を放つという特性を考えて、

このような配列にしているのだ。

この配列により、道路へより強い光を放つことができ、

歩行者やドライバーに店舗を認知してもらおうと考えている。


「先輩、ポテチは何味が好きなんですか?」

「……塩・・・」

「シンプルですね。」

「……シンプルが・・・一番・・・間違いない……」

「なるほど」

「……でも・・・たまにコンソメも……」

「揺れるんですね」

「……いや・・・たまに……誘惑に……」


どうやら、鹿子田先輩にとって夜のコンビニは誘惑との戦場らしい。

街路灯の下、ロードバイクのサドルに腰かけ、

エナジードリンクを飲む若者の影が細長く伸びているのが見える。


「先輩、夜更かしはするんですか?」

「……いや・・・なるべくしない……ホットケーキや・・・、

インスタグラム脳御用達の・・・パンケーキにも使用される・・・、

純粋な食感・・・」


―――え、悪口ですか(?)


「でも、カフェラテ買ってますよね?」

「……夜の甘いカフェラテは……癒し……」


朝に飲むのは目覚めのルーティンであり、夜のそれは癒しであるという。

―――ちょっと考えてから、夜関係ないじゃんって突っ込んでおいた。

新発売のポップが貼られたデザートコーナーには、

プリンやシュークリーム、チョコレートケーキがきれいに並ぶ。


「なるほど」

先輩の妙なこだわりが次々と発覚する。

しかし、ここから意外な論争が勃発。

「プリンとシュークリーム・・・どっちが・・・正解・・・、

スフィンクスも・・・考えた・・・(?)」


―――多分それ、うちのマンションの前の犬ですよ(?)


「それは好みの問題では?」

「……迷う……二十世紀からの・・・挑戦状・・・、

幽霊の話をする怪談師も・・・怖がらせる・・・、

エンターテインメントもありだけど・・・あなたに・・・、

幽霊が憑り依いている・・・壺を買え・・・となったら・・・、

これはまぎれもなく詐欺・・・だから・・・見抜く眼が大切・・・」


二十世紀関係ないような気もする。

微妙にその霊感詐欺の下りも、関係ないような気がする。

しかし普段は決断が早い先輩が、スイーツ選びになると妙に優柔不断になる。

商品を買い終え、コンビニの外に出ると、鹿子田先輩がぼそりと呟いた。


「……歩いて・・・帰るの・・・?」

「ええ、駅まで行って電車で」

「……じゃあ・・・途中まで……チャリ漕いでるピッチピチの・・・、

全身タイツに・・・ヘルメット被ってるおじさん・・・が・・・、

小日向君に・・・声かけるかも知れない・・・から・・・」


―――まず、その変な設定、横に置こっか(?)


「え?」

「……少しだけ・・・一緒に歩く・・・」


驚いた。

先輩がこんな風に言うのは珍しい。

会社では絶対にそんなことは言わないし、

こんな風に夜の街を並んで歩くなんて想像もしていなかった。

ドルチェ&ガッバーナの香水というフレーズが出てきて不思議な気分だ。

静かな夜道を歩きながら、仕事の話ではなく、

コンビニの話や休日の話をするのも悪くないと思った。

「……夜のポテチは美味しい……」

「もう諦めてるじゃないですか……!」

こんな会話をしながら、夜の帰り道を歩いていく。


そんな他愛ない話をしながら、しばらく歩いていると、

ふと視界の端に公園の入り口が見えた。

上手く言えないが、取り壊し前のアーケードみたいな雰囲気を感じた。

夜の公園は昼間とは違い、人の姿も少なく、静けさが漂っている。

小鳥の囀りと、光のカーテンが告げる朝までの・・。

―――ふと足を止める。


「……公園、寄っていきます?」


非接触体温計みたいに、

何気なく問いかけると、鹿子田先輩は少し考えて・・・。


「……少しなら……夜のユーフォリアと・・・エフェメラリティ・・・」

ぼそっとそう言って、

変な笑い声をあげた潜水艦。

(当社比九〇パーセントの動かしがたい事実、)

こうして、そのまま公園の中へと足を踏み入れる。

あの、ところで、さっきの、どういう意味ですか・・?


公園、それは都会のオアシス、住宅街の穴場、

一服の清涼所であると公園研究家ないしは公園愛好家は言う。


公園のベンチに腰を下ろし、夜の空気を感じる。

葉の間を通り抜ける風が、低い囁きのような音を作り、

犬を連れた老人が、ゆっくりと歩きながら、愛犬に短い言葉をかける。

グーグルマップに載っていない道、

遠くには街の灯りがぼんやりと見えているが、

街灯の届かない場所があり、そこでは闇が深く沈み込んでいる。

高めの鉄柱に取り付けられた街灯が、

まばらに並び、ぼんやりと白い光を投げかける。

その光の下では、落ち葉が細かい影を作り、無数の模様を地面に刻んでいる。

わずかに吹き抜ける風が、昼間の暑さとは違って心地よく感じられる。


「……夜の公園、意外と悪くないですね」

「……うん……小日向君と・・・来れて・・・よかった・・・」


何だか、結構男心をくすぐる台詞だな、と思う。

鹿子田先輩は、持っていたコンビニの袋をゆっくりと開き、

カフェラテのボトルを取り出す。そして、一口――。

「……この時間に飲む・・・甘いものは……特別……、

リリカルクライの・・・ファントムペイン・・・」


触れないことにした(?)

触れてはいけない気がした(?)


ところで遊具というのもステンレス製の滑り台で百万越え。

雲梯で三十三万円。ジャングルジムで六十万ぐらい。

砂場用の枠縁にも種類があるが、自然発生しているわけじゃない。

四人乗りブランコで五十四万円。

ベンチだってそこらの樹を切って作りましたってわけじゃない。

公園遊具を作るメーカーだって存在し、

ちなみに日本で一番多いのは踏み式ブランコで、

六万九〇〇〇基、滑り台が六万六〇〇〇基、砂場が六万二〇〇〇基。

そしてそのことにも触れてはいけない(?)


「さっきもそんなこと言ってましたね」

「……夜は……癒しが必要……人生逆転という・・・、

ワードをいれると・・・藁にもすがる想いで・・・情報商材を・・・、

欲しがる・・・ギャンブル感覚・・・」


―――勝ち負けの構図、マウント、ルサンチマン・・。


夜のカフェラテは何かしらの精神的な安定剤らしい。

ふと見上げる夜空。それは会社の屋上で見た空を連想させる。

もしかしたら、鹿子田先輩もそうなのかも知れない。

赤毛のアン的な何もないのが創造性の近道。

こんな時に、古い漫画の一頁や、

アニメやドラマのワンシーンを思い出す。

どうしてそんなことを思い出すのかは、

分からないけど・・・・・。


「……星・・・見える」

鹿子田先輩がぼそっと呟いた。

視線を上げると、公園の上空には、都会の明かりに薄く霞みながらも、

確かに星がいくつか瞬いていた。

シロナガスクジラの白く妖しい夢の運び―――その、揺籃き・・。

「……会社にいると、こういうの見ないですね」

「……うん……だから・・・ロマンティックというより・・・、

センチメンタル・・・なものに・・・見える・・・」


ある街灯は故障していて、点滅を繰り返しながら、

公園の一部を不規則に照らしている。

映画の字幕や、ヘッドフォンの音漏れみたいだった。

何処からか虫の鳴き声が聞こえる。

鹿子田先輩はぼんやりと夜空を見上げながら、静かに息を吐いた。

普段は忙しく過ごしているはずの彼女にとって、

こうして何気なく星を眺める時間は、切ないものなのだろう。

しばらくの沈黙。

しかし、それは気まずいものではなく、ただ落ち着いた時間だった。


「……こういうの・・・悪くない・・・」

「ですね」

「……たまには……こういう時間……あってもいいかも……、

“フォートナイト”に・・・代表されるような・・・オンラインゲームは・・・、

誰かとのやりとりを・・・前提としたコンテンツ・・・」


―――え・・えっ、え、えっと、フォーナイト患者さんですか(?)


「先輩にしては珍しい発言ですね」

「……かも……」


静かな夜の公園。

ブランコの鎖が微かに揺れ、滑り台は月光を反射し、

通信販売のカタログみたいな、

冷たく硬い金属の輝きを放っている。


公園ではボール遊びの禁止、

花火の禁止をしているところもある。

外で遊べない子供が先か、

インドア派のゲームや漫画が先かはわからないが、


「総務の藤崎は・・・昔は適当だった・・・流れに・・・、

身を任せるタイプだった・・・」

鹿子田先輩が何気なく、そう呟く。

鹿子田先輩の同期で、藤崎課長のことだ。

数年前の社内報を見返すと、新規事業に燃えていたプロジェクトが、

もうなくなっている。

「経理部の遠野は・・・落ち着いた雰囲気だけど・・・、

昔は短気で有名だった・・・僅かな計算ミスでも・・・ピリついた・・・」


話したことはないが、何度も見たことはある。

それは会社に長くいるということだろう。

壁に貼られた表彰状、人事異動の通知。

公式主義的な見解の善悪だって、無数にある。


「技術部の南雲は・・・今でこそ・・・気軽に話せるタイプだけど・・・、

昔は貝のように・・・喋らなかった・・・」


技術者特有のものだろうか、それとも、

若さ特有の劣等感みたいなものもあるだろう―――か。

コミュニケーションの有用性は人同士を結び付ける。

喋るのが苦手でも、話すことが思い浮かばなくても、

取っ掛かりを見つけ、何でもいいから喋らなくてはいけない場面もある。

入社当初は礼儀正しく、常に緊張感を漂わせていた、

ハリネズミみたいな後輩が、

一年経たずしてラフに冗談を飛ばす存在になっている。

ハイリスクノーリターン、

どうせ何も残んないなら一生懸命やろうとか言って、

最初は厳しく思えた部長が、時を経て、

まあ、適当にやればいいよ、と肩の力を抜いたことを言う。

社員証をぶら下げた新入社員の群れの中の一人として、

研修の説明を聞いていた俺も、

ある日突然、机の上に置かれた送別会の案内メールを見て、

え、あの人辞めるの、と言っている。

そして、ふとした瞬間、自分の仕事への考え方が、

鹿子田先輩と似ていることに気づく。


「小日向君は・・・しっかりして・・・少し淋しい・・・」

ぼそっと呟く。


会社に長く勤めることは、

人の流れを目の当たりにし、変化を観察し、時には歴史を見守ることでもある。

同じデスクに座っていても、周囲の景色は少しずつ変わっていく。

それに気づいた時、自分自身の変化も、ゆっくりと実感する。

だが、何を思ったのか、鹿子田先輩がふと立ち上がった。


人間の視野には、

物の色や形をはっきり認識できる『中心視野』と、

色や形の違いや、

動かないものは認識しづらい『周辺視野』がある。


「……ブランコ。」

「え?」

「……乗る・・・子供がえり・・・(?)」


そして、何の前触れもなく、

鹿子田先輩は公園の端にあるブランコへと向かい、

静かに腰を下ろす。

ブランコを漕ぐ鹿子田先輩と妙な静けさ。

ギシギシと、ブランコのチェーンがわずかに軋む音が響く。

公園のブランコを漕ぐ足の動きが、どこか無意識的で緩慢だ。

キッカケがあると、解除反応が働く、

赤ん坊の電球みたいな無垢な精神が起動する。

日常の面倒ごとや卑屈な劣等感すら忘れ、

知覚することのできない光と闇の連鎖に欺かれた世界を眺めた。

ゆるやかに揺れながら、鹿子田先輩は夜の空を見上げる。


「……意外と、気持ちいい……」

「いや、先輩ってこういうのするんですね」

「……子供の頃……好きだった……ブランカーだった・・・」


ブランコをよくする人って意味だろうが、

ブランカーって初めて聞く(?)

ちなみに対戦型格闘ゲーム『ストリートファイター』に出てくるのは、

ブランカだし、この場面でそれを用いるとすると、

バク宙とか、片手離しなど、

およそアクロバットなブランコ技を披露しなければいけなくなる、

あと、ブランカは放電する(?)


公園は触れ合いの場なのだ。

消滅する地方ルール、都市伝説、固有名詞が行きかう場所。

ポピュラーな公園といってもいいだろう。

そしてエロ本が何故か藪によく落ちていた。

あと、公園に変な名前をつけて何故かみんな知っている。


「なるほど」

「……大人になると・・・あんまり乗らない……乗れない・・・、

郊外に家を・・・買って・・・ブランコ作るか・・・、

小日向君と・・・来るしか・・・ない・・・」


何かすごいことを言っている。

どう受け取ってよいのか分からないのが、夜の魔術だ。

恍惚として、天体間を航行しているように、

自分が夢見ていた大人の世界に立っているような気がした。


「まあ、普通は乗らないですよね。」

「……でも、たまに……乗りたくなる……。」

先輩は、ゆっくりとブランコを漕ぎながら、風を感じている。

その姿が妙に落ち着いていて、不思議な光景に思えた。


さらに、滑り台へ

ブランコでしばらく揺れた後、先輩は何かを思い立ったように立ち上がる。

「……滑り台・・・」

「え?」

「……滑る・・・ポーランド西部に位置する・・・

ノベ・ツァルノボ村の近くの・・・曲がった森・・・」


―――ピサの斜塔の親戚の森だから・・・ピザですね・・・(?)


先輩はすたすたと滑り台の階段を登り、頂上でふと静止する。

まさか、本当にやるのか?

そして、スッと鹿子田先輩は、静かに滑り降りていった。

どうしてかわからないけど、川で真っ黒な、

スヌーピーのぬいぐるみを拾ったことを思い出した。

着地すると、先輩はしばらく無言のまま。

俺は、何とも言えない表情で見つめる。

小さな子供だったらよく出来たねとか、面白かったと言えるが、

まかり間違うと相手を怒らせてしまいそうで―――。


ストロングゼロから始まったストロングの波のようだけど、

仮面ライダーストロンガーが最初だ、とアホなことを考えた。

山崎まさよしの『セロリ』の、

セロリでもって頭を殴りたい衝動(?)


「……どうでした?」

「……思ったより……楽しい……」


まさかの感想。

クイックルワイパー立体吸着ウエットシート(?)

砂場の端には、小さな足跡がいくつも残り、

昼間の賑わいの痕跡がそこにある。


二〇一三年ブルガリアのユニークなプロ―モーションを思い出す。

時間に追われる現代人にも、

“時には三分間何もせず、頭の中を空っぽにすることが大切である”

というメッセージを発信するために、

アムステルビールが設置した自販機。

市民がこの自販機の前で三分間何もせずにじっとしていると、

無料でアムステルビールが一本もらえるという仕組み。


「いやいや、鹿子田先輩、普通に公園満喫してますよね?」

「……たまには……こういうのも……それに・・・、

小日向君と・・・一緒だから・・・」


今日の鹿子田先輩は飛ばしている。

静かな夜に、さりげない会話が消えていくように流れていった。

こうして、静かな夜の公園は、先輩の予想外の行動で、

思い出深いものへと変わっていった。




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