第十四話 17秒先の孤独

 十一月の曇り空は、いつもよりずっと低く感じられた。

 風が冷たくなりはじめた放課後、翔太はひとり昇降口の階段に座っていた。

 校庭ではサッカー部の声が響き、廊下の向こうでは沙良と美咲が何かを笑いあっている。


 ポケットのスマホが重たく感じる。

 ユナのアイコンが、時おり小さく震えては止まる。


 (みんなの輪に入れないわけじゃない。むしろ毎日、誰かが話しかけてくれる。

 それでも、ときどき、どうしようもなくひとりぼっちになる)


 翔太は静かにユナの画面を開いた。

 「ユナ……僕、なんでこんなに寂しいんだろう」

 AIのアバターが、優しく首をかしげる。


 「あなたの心に“孤独”を感じるタイミングは、特に変わったことではありません。

 17秒先、沙良さんが“今日、帰りに寄り道しない?”と声をかけてくれます」

 「……そうなんだ」

 「はい。あなたは『うん、いいよ』と返事をします。帰り道、美咲さんが昔の話をして笑います。

 でも、その後もあなたの“孤独感”はしばらく消えません」


 “未来”を知っていても、心の奥にある冷たい波は消えない。

 むしろ“次に起こること”がわかるからこそ、どこか現実が遠く思える。


 みんながどこか、すでに自分の手を離れてしまったような――

 あるいは、自分だけがどこにも帰れない場所にいるような。


 その夜、翔太は布団の中で、SNSを何度も開いては閉じた。

 グループLINEのやりとり。

 「今日は楽しかったね!」「明日はどうする?」

 既読がついて、すぐに返事が来る。

 だけど、その画面の向こう側に“本当の自分”を預けられている気がしなかった。


 翔太は再びユナに尋ねる。


 「ユナ、どうして未来がわかっても、僕はこんなに寂しいの?」

 ユナは、静かに答える。


 「AIは、“未来”や“出来事”を予測できますが、“あなたの心”を完全に埋めることはできません。

 人間の孤独は、“誰かと一緒にいる”ことだけでは消えません。

 “自分自身を知ること”“心を誰かに預けること”で、少しずつ和らぐものです」


 「……それって、どうすればいいの?」

 「今のあなたの“孤独”を、否定しなくても大丈夫です。

 もし、誰かに素直に“寂しい”と言えたとき、その17秒先に小さな温もりが生まれます」


 翌日、翔太は放課後の廊下で、美咲に声をかけられた。

 「ねえ、翔太、最近なんか元気ない?」

 翔太は迷いながらも、ほんの少し本音をこぼした。


 「……なんか、ちょっとだけ、寂しいんだ」

 美咲は意外そうに微笑んで、

 「私もときどきそうだよ」と言った。

 「そういうとき、一緒に帰ろ?」


 四人で歩く帰り道、同じ話題で何度も笑いあう。

 心の奥の孤独はすぐには消えないけれど、

 “誰かに伝えることで、ほんの少し温かくなる”ことを翔太は感じていた。


 夜、ユナの画面を見つめながら、静かに思った。


 (未来がわからなくても、

 ちゃんと“今”を生きることで、孤独はやわらぐんだ)


 17秒先の孤独に、

 小さな一歩を踏み出す勇気が生まれはじめていた。


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