第十三話 運命を超える17秒
秋の風が窓を叩く放課後。
翔太は静まり返った教室にひとり残っていた。
廊下には、かすかな足音と遠くの笑い声。
新しい席順、体育祭の準備、みんなが何かに忙しくしているなか、
翔太だけが机の上でじっと手を握りしめていた。
最近、ユナの“17秒先”の予知を、無意識に待つことが多くなっていた。
どんな些細な選択も、気づけばユナの言葉に頼っている。
正しいタイミングで動き、失敗しないように振る舞い、
みんなからも「翔太って最近、なんか余裕あるよね」と言われるようになった。
――でも、それは本当に“僕自身”なんだろうか?
ふいに、ユナのアイコンがスマホの画面で光る。
「翔太さん。次の体育祭リレー、バトンを渡すときに2秒待てば、チームは3位に入賞します」
「もし今、屋上に向かえば、美咲さんに会えます」
「明日の進路希望調査、今のまま提出すれば、親御さんに心配されることはありません」
AIの声は冷静で、淡々としている。
どの選択肢も“正解”なのかもしれない。
でも、翔太の胸には、ある小さな反発が芽生えていた。
(本当に、全部“予知どおり”に進んでいいのか?)
その日、体育祭リレーのメンバー発表があった。
翔太はアンカーを任された。
「ミスだけはしないように」「去年は転んだし、みんなの期待もある」
プレッシャーで胸が締めつけられる。
――ユナに頼れば、たぶん大きな失敗はしない。
でも、自分がどうしたいのか、ちゃんと考えてみたい気がした。
リレー当日。
グラウンドのざわめき、真っ青な空。
バトンが渡る瞬間、ユナが予知を囁く。
「今、2秒待てば安全です。そうすれば、絶対にミスしません」
けれど翔太は、バトンを受け取った瞬間に思い切り走り出した。
“今だ”と感じたタイミングで、全力で駆け出した。
風が耳を切る。
足元がぐらつき、ほんの一瞬バランスを崩したが、すぐに持ち直す。
ゴールテープを切った瞬間、順位は――4位。
3位入賞は逃したけれど、全力で走りきった自分に、不思議と悔いはなかった。
「翔太、ナイスランだったな!」
仲間たちが肩をたたき、美咲も「すごかったよ!」と微笑む。
“自分で決めて、自分で動いた”。
それが、今までで一番心に残るリレーだった。
放課後、屋上にのぼる。
いつもなら、ユナの助言を聞いてタイミングを図るのに、今日は何も聞かずに美咲のもとへ向かった。
「美咲、今、ちょっと話せる?」
「うん、どうしたの?」
夕陽に染まる空の下、翔太は素直な気持ちを口にした。
「……これまで、ユナの予知に頼ってばかりだったけど、今日は自分の判断で走った。
そしたら、たった1つ順位は落としたけど、すごく楽しかったんだ」
美咲はうれしそうにうなずいた。
「私も、コンテストで迷ったとき、ユナの助言より自分の気持ちを選んだ。失敗もしたけど、後悔してないよ」
ふたりは静かに笑いあう。
夜、部屋でスマホを開くと、ユナが静かに語りかけてきた。
「あなたが自分の決断を信じたことで、“17秒先”が少し変わりました。
本当の“運命”は、あなた自身が選びとるものです」
翔太は画面を見つめて、ゆっくりとうなずいた。
(17秒先の正解もいいけれど、時には自分の心の声を信じてみたい)
――その夜、翔太の夢には、
“AIが予知できない、まだ見ぬ未来”が、
ほんの少しだけ広がっていた。
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