第七話 親友とAIの秘密

 六月の終わり、教室の空気は梅雨らしい重さを帯びていた。

 陽介は普段どおり教科書で顔を隠しているが、ふいにこちらをちらりと見る。その目が、いつもと違う。


 昼休み。美咲や沙良が購買に行ったあと、陽介とふたりきりになった。

 「なあ、翔太……」

 陽介の声は妙に低い。

 「最近、お前、なんか変だぞ。いろんなこと、前よりうまくやれてる気がする」


 翔太は心臓がきゅっとなった。

 「え? そうかな……」

 「この前の告白のタイミングとかさ。グループLINEのトラブルとか。まるで“全部知ってる”みたいに、ベストなタイミングで動いてるじゃん」

 陽介の目は、真剣そのものだった。


 「……もしかして、AIの力、使ってる?」

 陽介がそう口にしたとき、翔太は逃げ場をなくした気がした。


 「な、なんで……」

 「お前のスマホ、こないだ見えた。変なアプリ入ってたろ、“YUNA”ってやつ」

 翔太は慌ててスマホを隠す。でももう遅い。


 「教えてよ、翔太。なんで俺には言わなかった?」

 陽介の声には、責めるよりも、寂しさが滲んでいた。


 「……ごめん。言い出せなかった」

 翔太は視線を落とす。

 「最初は面白くて、でも便利すぎて、怖くなった。でも、誰かに話したら全部壊れちゃう気がして――」


 陽介はしばらく沈黙したあと、ぽつりと呟いた。

 「お前、ずるいよ。俺、ずっと翔太のこと“親友”だと思ってたのに……そんな秘密、ひとりで抱えてさ。

 この前の告白だって、俺が勇気出したと思ってたけど、実はAIの指示だったんだろ?」


 その言葉に、翔太は言葉を失う。

 本当は違う。“最後に一歩を踏み出したのは陽介自身だ”と伝えたかった。

 でも、ユナの予知がなければ、陽介はあんなタイミングで動けなかったかもしれない。

 翔太自身も、その“境界線”が分からなくなっていた。


 「……ごめん。陽介のこと、信じてなかったわけじゃない。でも、ユナのこと、言うのが怖かった」

 「怖かったって、なんで?」

 「うまく説明できないけど、ユナがいなかったら、全部自分で決めなきゃいけなくなる気がして。自分に自信がなかったんだ」


 陽介は、机の端をぎゅっと握った。

 「お前さ、俺と一緒にいるときも、ずっとAI頼ってたの? 本当は、俺のこと信じてない?」

 「……そんなことないよ」


 沈黙が落ちる。

 昼休みのざわめきが遠ざかっていく。

 ふたりのあいだには、これまでなかった“壁”ができていた。


 陽介はやがて立ち上がり、翔太を見下ろした。

 「しばらく距離置くわ」

 その背中は、いつになく小さく見えた。


 放課後、翔太は人気のない廊下でひとりスマホを見つめる。

 ユナのアイコンが揺れている。


 「ユナ……僕、陽介に嫌われたかもしれない」

 画面の中のユナは、静かにこう答えた。


 「“秘密”は、時に大切な人との間に壁をつくります。でも、“本音”を伝えた先に、きっと新しい関係が生まれるでしょう」

 「……どうしたらいいかな」

 「あなた自身の言葉で、陽介さんと向き合うことです。AIの予知がなくても、あなたの想いは伝わります」


 雨が降り始めた窓の外。

 翔太はスマホを握りしめ、涙がにじみそうになるのをこらえた。


 「……陽介に、ちゃんと自分の言葉で謝ろう」

 決意が胸に灯る。


 たとえユナが17秒先の未来を教えてくれても、

 本当の“友情”は、自分自身で手を伸ばさなきゃつかめない。

 そんな当たり前のことを、翔太はやっと気づき始めていた。


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