第八話 嘘と本音の17秒

 七月の風は、どこかべたつく。

 期末テストも近い放課後、教室には重たい熱気がこもっていた。

 翔太は机に突っ伏しながら、ため息ばかりついていた。


 ──最近、自分でも気づいていた。

 ほんの小さな“嘘”を重ねてしまうことが増えている。


 最初は些細なことだった。

 「昨日、ちゃんと宿題やった?」

 「うん、バッチリ!」

 本当はギリギリだったけど、ユナが“あと10秒で先生が見回りに来る”と教えてくれたから、

 机の下で必死にノートを開き直して、その場をしのいだ。


 陽介との間もそうだ。

 「お前、最近なんか隠してない?」

 「な、なんにも。別に普通だし」

 スマホの画面をこっそり裏返して、ユナの助言に従って会話をかわした。


 小さな嘘は、最初は軽く思えた。

 だが、ユナの“17秒先の予知”があると、バレそうになってもいつもギリギリでごまかせてしまう。

 その安心感が、翔太の心を少しずつ弱くした。


 ある日の昼休み。

 沙良が、みんなで夏祭りに行こうと提案した。


 「今週末、みんなで浴衣着て写真撮りたい!」

 美咲がうなずき、陽介も「花火とか楽しみだな」と盛り上がる。


 でも、翔太は実は家の都合でその日は行けない。

 でも“断る空気”が怖くて、つい「うん、行けるよ」と嘘をついた。


 家に帰って、スマホを見つめながら悩む。

 (どうしよう。どうやって断ろう? みんな、怒るかな……)


 ユナのアイコンを開く。

 「ユナ、このまま嘘つき続けたら、バレないよね?」

 ユナは淡々と答える。


 「はい。17秒先、あなたの嘘はまだ誰にも気づかれていません。

 今後も私の予知を利用すれば、しばらくは嘘を隠し通せます」


 翔太はホッとする半面、胸の奥がじくじくと痛んだ。

 本当は、ずっとこのままじゃいけないと分かっていた。


 週末が近づき、グループLINEはお祭りの話題で盛り上がっていく。

 みんなで撮る写真、浴衣の柄、食べたい屋台メニュー。

 翔太だけが、どんどん会話から遠ざかっていく気がした。


 (本当は、正直に「行けない」って言ったほうがいいのに……)


 祭り当日。

 翔太は部屋の窓から、遠くに上がる花火をひとりで眺めていた。

 スマホには、みんなの楽しそうな写真が次々と送られてくる。


 胸の奥に、重たい塊ができる。


 その夜、ユナの画面を開く。


 「ユナ……僕、もう嘘つくの、嫌だ」

 ユナは静かに応えた。


 「あなたが“本音”を伝えたいと思ったとき、私は予知を止めます。

 あなた自身の言葉で、みんなと向き合ってみてください」


 翌朝。

 翔太はグループLINEに、ゆっくりとメッセージを打ち込む。


 『ごめん、実は昨日どうしても行けなかった。本当は最初から言えなくて、みんなに嘘ついてた。』

 送信ボタンを押す手が震えた。


 すぐに沙良から、「全然気にしてないよ!また次一緒に遊ぼ!」

 陽介も「正直に言ってくれてありがとな」

 美咲は「翔太がいないとつまんないから、またみんなで行こう」

 と返信が返ってきた。


 翔太は思わず涙がこぼれそうになった。


 嘘は、AIがいればどこまでも隠せる。

 でも、本音を伝えられる相手がいること――そのほうが、よっぽど“幸せ”なんだと気づいた。


 夜、ベッドでスマホを握りしめながら、

 「ありがとう、ユナ」

 ユナは優しく、こう答えた。


 「あなたの“本音”が、きっと誰かの未来を優しく変えました」


 翔太の心には、やっとほんの少しだけ、

 自分のことを好きだと思える静かな夜が訪れていた。


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