第16話 旅立ちの前夜――“塔”の名と、別れの灯

「“塔”に気をつけろ、だと?」


ギルドの作戦室で、ライアスは腕を組んだまま眉をひそめていた。

尋問を終えて戻ったばかりのナオミアも、椅子に座りながらその言葉の意味を繰り返し考えていた。


レアンが去り際に残した一言。

それは脅しではなかった。むしろ、忠告にも近い――そんな響きだった。


「“塔”って……あの、各地に点在する古代遺跡の?」

ナオミアが口にすると、ライアスは頷いた。


「古の時代、神代と呼ばれる頃に建てられたとされる遺構。各地にいくつかあるが、ほとんどが崩壊していて、魔力濃度が異常に高い。立ち入る者は少ない」


「でも、何かが起きてるんでしょう? そこで」


ライアスはテーブルの上に広げた地図を指でなぞった。

「最近、東方の“ティルナ遺跡塔”付近で、魔力の異常活性が観測された。それと同時に、消えた冒険者もいる」


「……それって、もしかして“観測者”たちが動いてる?」


「可能性は高い。塔には古代魔術や、転移魔法、あるいは次元干渉に関する遺産が眠っているとされる。もしナオミアのような転生者の記憶や能力に興味があるなら、あそこを拠点にしている可能性はある」


ナオミアは深く息を吸った。

行くしかない。怖さはあった。でも、避けて通れる道じゃない。


「……私、行くよ。そこに“鍵”があるなら、ちゃんと知りたい。自分が何者なのかも、この世界に何をもたらしてるのかも」


その言葉に、ライアスは少しだけ口元を緩めた。


「当然、俺も行く。……でも、その前に」


彼はナオミアの目を見て言った。

「一晩だけ、休め。明日からはもう、戻れない道を歩くことになる」


その夜、ナオミアはギルドの屋上に立っていた。

眼下に広がる街の灯り。人々の声。パン屋の香ばしい匂いと、子どもたちの笑い声。

この世界に来て、ようやく“居場所”と呼べるものを見つけたのに――


「ナオミアさん?」


振り返ると、受付嬢のルアが立っていた。

珍しく、制服の上に私服用のマントを羽織っていた。


「……これ、よかったら」

ルアは包みを差し出す。


中には、小さな干し果実とナッツの混ざった保存食。

冒険者たちが長旅の前に持っていく、定番の品だった。


「古の時代、神代と呼ばれる頃に建てられたとされる遺構。各地にいくつかあるが、ほとんどが崩壊していて、魔力濃度が異常に高い。立ち入る者は少ない」


ライアスの説明に、ナオミアは記憶の奥を手繰るように目を細めた。

前世で得た知識では補えない、“この世界”特有の構造物。

だが、それでも――

直感が告げていた。「そこに、答えがある」と。


「その塔のひとつで、最近“魔力の異常波動”が観測されてる。ギルド本部も動き出してる」

ライアスが机上に地図を広げる。

その中のひとつ、王都から北西に位置する“霧の高地”の先に、小さく印がつけられていた。


『静寂の塔』――


「俺は上に進言した。調査隊に加えてほしいとな。……そして、同行者としてお前を推薦した」

ライアスがナオミアを見た。


彼女の表情は揺れていた。

驚き、戸惑い、そしてその奥に、燃えるような覚悟。


「ありがとう。……私、行く。きっと、そこに私自身の答えがある」


その夜、ナオミアはギルドの中庭で月を見上げていた。

荷造りは終わった。明日には出発する。

思えば、この世界に来てから、ここが初めての“居場所”だった。


「ひとりで大丈夫?」


静かに声をかけたのは――ルアだった。

いつもの制服に、ほんの少しだけ洒落っ気を足したような髪飾り。


「……うん。でも、不安じゃないって言ったら嘘になるかな」

ナオミアが正直に答えると、ルアはふっと微笑んだ。


「ナオミアさんは、不思議な人。ちゃんと怖がるし、ちゃんと迷う。でも、それでも前に進む。だから……」


ルアは小さな包みを差し出した。

「お守り。わたしが作ったんだ。……ちゃんと、戻ってきてね」


ナオミアの胸が温かくなった。

前世でも、誰かから“ただ無事を祈られる”ことなんてなかった気がする。


「ありがとう。必ず、帰ってくるよ」


出発の朝。

見送るギルドの仲間たちが手を振り、ライアスとナオミアは街道へ向かった。


風は冷たく、空は高い。


「……“塔”で、何が待ってると思う?」

ナオミアの問いに、ライアスは答えなかった。


だがその沈黙は、恐れではなく“覚悟”の重さだった。


彼女たちの旅は、静かに、しかし確かに――世界の根幹へと近づいていく。


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異世界でも私は働きます。恋愛は…え、なにそれおいしいの? ゆゆ @hmnmi1015

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