第15話 レアン尋問――“観測者”が語る世界の輪郭

ギルド地下の尋問室は、石と鉄と沈黙でできていた。

壁にかかる魔導灯が淡く揺れ、室内を照らす。

その光の中で、灰色の外套を脱いだ男――レアン・フォルスは、何かを楽しむような余裕を崩さずに座っていた。


ナオミアとライアスが入室すると、彼はまるで知っていたかのように微笑んだ。


「ようこそ。“質問”の時間だね。君たちには、知る権利がある」


「冗談はいい」

ライアスが鋭く言い放つ。「どうしてナオミアの記憶を知っていた? 貴様の組織の目的は何だ」


レアンは肩をすくめ、手元の拘束具をわずかに鳴らした。

「私たち“観測者”は、この世界における“変異”を追っている。それが自然災害であれ、魔力の波であれ――あるいは、“異界から来た存在”であってもね」


ナオミアの喉がかすかに鳴る。

自分が“観測対象”であり、“変異”だという言い方に、感情がざわついた。


「私たちはね、この世界が“崩壊する未来”を幾度も観測してきた」

レアンの声は、徐々に静かさを失っていく。


「どの未来でも共通しているのは、転生者たちが“鍵”になるということ。善かれ悪しかれ、君たちはこの世界の“流れ”を変えてしまう。歴史に、魔法体系に、価値観に――」


「……それがいけないって言いたいの?」

ナオミアが割って入った。

「私たちは、ここでただ生きてるだけ。それがそんなに悪いことなの?」


レアンは一瞬、言葉を止めた。


「そうだ。君たちは“ただ生きている”。それこそが、恐ろしい。無意識のうちに影響を与え、やがて世界の均衡を壊す」


「でもそれは、私たちだけじゃない。誰だって、生きていれば世界を変えてる。良くも悪くも」


そう言い返したナオミアの声は、静かだったが、決意を帯びていた。


レアンの目が、かすかに細められた。


「……君は、やはり特異だ。多くの転生者は怯え、あるいは力を誇示する。でも君は、“変える覚悟”を持っている。だから私は警告に来た」


「警告……?」


「このままいけば、君は組織に“回収”される。知識、記憶、存在すべてを“解体”されるだろう。君のような特異点は、放置されない」


沈黙が落ちる。


「じゃあ、あなたはそれを止めたいの? それとも、ただ伝えに来ただけ?」

ナオミアの問いに、レアンは珍しく視線を外した。


「私は“観測者”でありながら、まだ“人間”でいたいと思っている。だから、君に選ばせたかった。逃げるか、立ち向かうか――それとも、従うか」


「そんな選択肢、選ばない」

ナオミアは即答した。「私は、私の生き方を選ぶ。記憶を使うことも、力になるなら恐れない。誰かに操られるくらいなら、自分で世界を変える」


その言葉に、ライアスは静かに目を細め、口元をわずかに緩めた。

それは、誰よりも近くでナオミアの成長を見てきた彼だけが持つ表情だった。


レアンは、しばらく沈黙したあと、再び口を開いた。


「ならば……次に会うとき、私は“敵”になっているかもしれない。それでも君は、剣を向けられるかい?」


「あなたが私の仲間を傷つけようとするなら、迷いはしない」


ナオミアの瞳には、もう怯えはなかった。


レアンは、ゆっくりと微笑んだ。

「……そうか。面白い未来になりそうだ」


尋問室の扉が開き、衛兵が彼を連行しようと近づく。


「“塔”に気をつけろ」

去り際、レアンはそれだけを呟いた。


「“塔”……?」


その言葉の意味を理解するには、まだ時間がかかった。


けれど確かに、それは次なる脅威の名だった。

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