第14話 ルア視点――いつもの窓口から、あの人を見ていた

ギルドの朝は早い。

まだ陽が昇り切らないうちから、冒険者たちが続々と集まり、掲示板の前で依頼を吟味する。


私はその光景を、毎朝、同じ窓口から見ている。

記録を整え、報告書を仕分けし、依頼の受付や相談を受ける。

そんな、目立たないけれど欠かせない仕事――それが私、ルア・レトナの役目だ。


でも、彼女が来てから、少しだけ私の“いつも通り”が変わった。


ナオミア=フレイ。

変わった名前だと思った。

最初に登録に来たとき、まだ頼りなさそうな細い腕でペンを握っていたのが印象的だった。


けれど――あの瞳だけは違っていた。

まっすぐで、静かで、でもどこか“覚悟”を持っていた。

ああ、この人は何かを捨てて、ここに来たんだな。

そう思ったのを、今でもはっきり覚えている。


彼女は、少し変わっている。

他の冒険者が気づかないようなことに気づき、依頼の報告書も丁寧すぎるほど細かい。

最初は周囲からも「真面目すぎる」とからかわれていたけど、それでも彼女は一度も怒らなかった。


「だって、こういうところから事故が防げるなら、その方がいいでしょ?」


笑って言ったその顔は、どこか“仕事帰りのOL”のようで――って、意味わからない例えだね。

でも、そう思ったの。


ある日、彼女が受付に駆け込んできたときのこと。

「報告書に追記したい項目があるの」って。

それは、依頼主の小さな癖――ペンダントを触る仕草が、嘘をついているときの癖だったって。


普通なら、そんなこと書かない。

でも、それが次の依頼で役に立ったって、後から聞いた。


ナオミアさんって、不思議な人だ。


彼女が“ライアス”と行動するようになって、冒険者たちの見る目も変わった。

最初は「あの鬼隊長が面倒見てるのか」って噂もあったけど、今じゃみんな認めている。


……私は、ちょっとだけ妬いてるのかもしれない。


ライアスさんのことじゃなくて――

ナオミアさんが、誰かに必要とされていて、それにちゃんと応えていて、少しずつ居場所を作っていくのが、羨ましいんだ。


私はいつも、受付のカウンターの内側。

誰かと肩を並べて戦うことなんて、きっとできない。


でも――


「ルアさん、今日もお疲れさま。依頼、ちゃんと整理してくれてありがとう」


そう言って、笑ってくれる。

他の誰も気づかない私の仕事を、彼女だけはちゃんと見てくれている。


ああ、この人がいるなら、私も、明日もまたここにいよう。

そう思えるんだ。


最近、ギルドの中が少しざわついている。

“転生者”とか、“観測者”とか、聞いたこともない言葉が飛び交ってる。


ナオミアさんの周りが騒がしくなっているのも、私には分かる。

でも、それでも彼女は今日も同じように、報告書を丁寧に書いている。

誰よりも真面目で、誰よりも不器用に、でも真っ直ぐに。


私は戦えないけれど。

誰かの陰口を止める強さも、まだないかもしれないけど。


でも――


ナオミアさんの報告書に、こっそり小さな紙を挟んだ。


《いつも、ありがとう。あなたを応援している人は、ここにもいます》


名前は書かなかった。

でも、いつか、ちゃんと言えるように。


私は受付窓口から、今日も彼女の背中を見つめている。


それが、私のささやかな戦い方。

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