第13話 レアン・フォルス――囁く者、見透かす者

南門には、沈黙と緊張が張り詰めていた。


騎士団の数人が剣の柄に手をかけたまま硬直し、ギルドの門番たちは互いの顔を見合わせて動けずにいる。

その中心で、灰色の外套を羽織った男――レアン・フォルスは、ただ静かに佇んでいた。


背は高く、浅黒い肌と白銀の髪。

目元にはうっすらと笑みが浮かんでいるが、それが不気味に感じられたのは、彼の視線がまるで“すべてを見透かしている”ようだったからだ。


「やあ、やっとお目にかかれた」

レアンは、ナオミアを見て、まるで旧友に出会ったかのような声をかけた。


ナオミアは反射的に後ろのライアスに一歩下がる。

彼の目もすでに鋭くなっていた。


「あなた……私を知っているの?」


レアンはゆっくりと歩み寄る。騎士たちがそれに反応し、剣を抜きかけたが、彼は手を上げて止まるよう合図をした。


「ナオミア=フレイ。いや――旧名で呼ぶべきかな、“佐藤直美”さん」


その名を聞いた瞬間、血の気が引くのを感じた。

ヴェルドとは違う。“知っている”だけではない。“繋がり”を感じさせる言い方だった。


「……なぜ、私の本当の名前を?」


「君がこちらに来る前、“ある場所”にいた。私はそこで、君の記憶の一部に触れる機会を得た。……いや、少し手荒だったかもしれないけどね」


レアンの声は穏やかだったが、ナオミアの心はざわめいていた。

“ある場所”――転生の瞬間、意識が彷徨っていたあの虚無のような空間のことだろうか。


「お前は何者だ」

ライアスが一歩前に出て、剣の柄に手を置いたまま尋ねる。


レアンはふっと笑った。

「私は、“観測者”の一人。君たちがこの世界にどう影響するか、それを記録し、時には操作する者たちだ」


「操作……?」


ナオミアの眉がぴくりと動く。


「そう。転生者の中には、“特異点”と呼ばれる存在がいる。君のように、“この世界に影響を与える力”を無意識に持ち込む者だ。君の知識、感性、倫理観、言葉、思想……すべてがこの世界にとって“異物”だ。そして、それは……時に、兵器より危険だ」


ナオミアは言葉を失った。

レアンの言葉は、正しい。自分がこの世界に来て以来、ギルドの業務や魔法の応用にさりげなく前世の経験を活かしてきた。

それが無意識に、ここに変化を与えていたのかもしれない。


「じゃあ、あなたたちは……何がしたいの? 私を処分するの?」


そう問いかけると、レアンは眉を少しだけ下げた。

「処分、なんて物騒な言葉は使わないよ。私たちは“選別”するだけだ。――世界にとって有益かどうかをね」


その言葉には冷たさも狂気もなかった。ただ、淡々としていた。

だからこそ怖かった。


「僕たちは敵じゃない、ナオミア。君が、君自身を見失わない限りは」


レアンは最後にそう言い残し、騎士団の制止を軽くかわすと、自ら手を挙げて投降の意思を示した。


「尋問に応じるよ。だから、無用な流血は避けてくれ。私は――“伝えに来ただけ”なんだ」


そのまま、レアンは騎士たちに囲まれ、拘束されて連行された。


静かになった南門の前。

ナオミアはまだ、手の震えを抑えられなかった。


「ライアス……私、ただの転生者じゃないみたい」

震える声で言うと、彼は静かにナオミアの肩に手を置いた。


「それでも――お前はお前だ。何者にも、お前自身を決めさせるな」


その言葉に、ナオミアはようやく呼吸を整えることができた。


だが、彼女の胸には新たな不安が芽生えていた。


この世界に来た理由。

記憶に触れた者たち。

そして、“観測者”という存在。


――私は、何を背負ってしまったの?


夜の帳が降りる中、ナオミアはただ静かに空を見上げていた。

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