第12話 揺れる心と、迫る影

「君の存在が、大きな何かを動かし始めている」


ヴェルドの言葉が、ナオミアの胸に深く刺さっていた。

ギルドへの帰り道、石畳を踏む足音さえ重く感じる。

この世界に転生してきたことは、偶然ではなかったのかもしれない。

そして、自分の記憶や過去が、誰かの手で“価値ある情報”として狙われている現実――。


ギルドに戻ると、いつも通りの顔ぶれがそこにいた。

だが、誰もが一歩遠巻きに、ナオミアを見る目にわずかな警戒が混じっているように思えた。


「ただの気のせいじゃないよね……」


ナオミアは、受付のルアに挨拶をしてから書類棚へ向かった。

視線を感じる。

けれど、振り返ったところで、それを向けた人物は何食わぬ顔で別の方向を見ている。


「信頼って、壊れるのは一瞬なんだな……」


ふと、背後から近づく気配があった。

「お疲れ様。大丈夫か?」


ライアスだった。

その顔にはわずかに疲れの色が見えるが、目は真っすぐだった。


「少しだけ……ね。でも、大丈夫。まだ壊れてないから」

ナオミアは微笑み返した。


二人は小会議室へ移り、ヴェルドとの会話を整理した。

ライアスは地図を広げ、彼の行動経路や接触した人物の記録を追っていた。


「この“組織”……やはりギルドの内部にもつながっている可能性がある」

ライアスの声には確信が混じっていた。


「まさか、仲間の誰かが……?」

ナオミアは言葉を飲み込んだ。

裏切りという二文字が頭をよぎる。


「それはまだ断定できない。だが、彼らは君の“記憶”を狙っている。おそらく、前世の知識を利用した魔術や技術、それを再現できる者として――君を」


ナオミアの心に、ひとつの記憶が蘇る。

前世、日本で、彼女が社内プロジェクトで手掛けていた“次世代演算制御技術”。

それは、人間の思考をトレースし、膨大な処理を可能にする理論だった。


――まさか、この世界でもそれが……?


「私……何か、持ち込んでしまったのかも」

ナオミアは静かに言った。


ライアスはじっと彼女を見つめた。

「君が持ってきたのは、罪じゃない。選ばれてしまっただけだ。だが、その意味をどう使うかは、君次第だ」


言葉は優しかった。

でも、その奥にある重さも、ナオミアは感じ取っていた。


すると、部屋の扉が急に開いた。

ルアが慌てた様子で駆け込んでくる。


「ライアスさん、ナオミアさん! 街の南門で騎士団と衝突が――!」


「騎士団?」


「“外部の組織に属する不審人物”を追ってきたと言ってます。けれど、通行許可証が偽造されたもので、揉めてます。名前が――“レアン・フォルス”だとか」


ナオミアとライアスは顔を見合わせた。

聞いたことのない名前。けれど――胸騒ぎがした。


「行こう」


ナオミアはすぐに立ち上がった。


街の南門には、すでに騒ぎが起こっていた。

騎士団の装備を纏った数人と、ギルドの門番、そしてその中央に立つ、灰色の外套を着た一人の男。


その男の目が、ナオミアを見つけた瞬間に鋭く細められた。


そして――微笑んだ。


ナオミアの中で、何かが確かに始まりつつある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る