第11話 情報屋との邂逅――“知っている”という男

朝霧がまだ街の通りを薄く覆っていた。

市場はいつも通り活気にあふれていたが、その賑わいの奥に、どこか不穏な気配が流れているのをナオミアは感じていた。


「奴が現れるとすれば、午前中だ」

ライアスは低く囁くように言いながら、通りの角にあるパン屋の屋根影へと視線を走らせた。


市場の喧騒に紛れるように、情報屋ヴェルドはやってきた。

肩に羽根の飾りをつけた薄汚れた外套。小柄で中年の男。

すれ違う人々に声をかけ、笑みを浮かべながら、油断のない目をしていた。


「本当に、あの人……?」

ナオミアの声に、ライアスが小さく頷いた。


「確証はない。ただ、先日お前とぶつかったという情報と合致するのはあの男だけだ」


ナオミアは深呼吸をして、ゆっくりと男に近づいた。

彼女の姿に気づくと、ヴェルドはわずかに目を見開いた。

次の瞬間、にやりと笑った。


「やあ、初めまして。いや……本当に“初めて”かい?」

低く、柔らかいが、どこか含みのある声だった。


ナオミアの背筋に冷たいものが走る。

この男は、確かに“知っている”。


「あなた、私に何かご用ですか?」


「用事はたくさんあるが、何より驚いているよ。まさか君が“こっち側”の人間だったとはね。前は違ったろう? スーツ姿で、朝はコンビニのコーヒー、昼はカップ麺ってところか?」


その言葉に、心臓が一瞬止まりかけた。

どうして――そこまで知っているの?


ライアスがすぐさまヴェルドの腕を掴む。

「貴様、彼女の何を知っている? どうやってそれを?」


ヴェルドは抵抗もせず、肩をすくめて答えた。

「知られたくない秘密って、意外と簡単に掘り返せるんだ。特に、“異世界から来た者”の記録なんて、興味を持つ連中が山ほどいる」


「他にも……?」

ナオミアの声が震えた。


「そう、君だけじゃない。最近、“転生者”の情報を買い集めている組織があるんだ。君の記憶も、能力も、向こうにとっては“資源”さ」

ヴェルドは笑いながら囁いた。


「……それを、売るつもり?」

ナオミアが問いかけると、ヴェルドはあっさりと頷いた。


「売れるものは売る。それが俺の仕事だからな」


その瞬間、ナオミアの中で何かが音を立てて弾けた。

彼女はヴェルドに詰め寄り、目を真っ直ぐに見据えた。


「だったら、覚えておいて。私は、あなたのような人間には決して負けない。二度と、誰かの“商品”にはならない」


その言葉に、ヴェルドはしばし黙り込み――やがて、皮肉めいた笑みを浮かべた。

「……いい目だ。なるほど、君はただの転生者じゃなさそうだ。組織も、面倒な相手に目をつけたらしい」


「組織の名は?」


ライアスが問うと、ヴェルドは首を振った。

「さすがに、それは今は言えない。ただし、一つ忠告をしておこう」


彼はナオミアに指を向ける。

「君の存在が、もっと“大きな何か”を動かし始めている。もう、元には戻れないよ」


そう言い残し、ヴェルドは人混みに紛れて姿を消した。

ライアスが追おうとしたが、ナオミアがそれを止めた。


「もう、十分。彼の言葉で、分かったことがあるから」


――私は狙われている。そして、それは偶然ではない。

この世界に生まれ変わったことには、きっと意味がある。


ナオミアは空を見上げた。

雲の隙間から光が差し込み、静かに地面を照らしていた。


「進むしかないね」


その小さな声に、ライアスは静かに頷いた。

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