5節.いざ領庁へ
いよいよ、領庁に出発する日がやってきた。
アンカラの部下であろう若い男が、馬の手綱を曳いてやってきた。
馬がでかい……。
生前から何度か馬はテレビやネットなどで見ていたが、実物は見たことがなかった。
足が太くて、ごつい赤毛の馬。
高さが大人の身長よりも遥かにある。
3歳児には巨大な怪物のように見えた。
しかし、よくよく見ると、顔は可愛く、目は円らだった。
「気をつけていってらっしゃい」
ルゲーナが心配そうな顔で、俺をギュッと抱きしめた。
まだ3歳の小さな息子を一泊二日とはいえ、旅に出すのは不安なのだろう。
「心配するな。まだこの時期の魔物は冬眠している。もし出たとしても一匹や二匹程度俺がやっつけてやるさ」
「ええ。毎年のことだものね。……いってらっしゃい」
ルゲーナは最後にもう一度抱きしめて、送り出してくれた。
アンカラが俺を馬の鞍の上に乗せ、その後ろに跨った。
「父上……、魔物って本当にいるんですか?」
俺はかねてより疑問だったことを聞いてみる。
熊や狼みたいな野生動物のことなのか。魔力があるファンタジー世界だから、お決まりのスライムとかゴブリンとかだろうか。
この世界の人間にあだを成す輩、将来俺の敵になるかもしれない奴らの情報は多く仕入れておきたかった。
「なんだ、ニール。怖いのかい? 駄目だよ、騎士は税を領民から奪う分、もしもの時は命をかけて領民を守らないといけないんだ。それが曲がりなりにも貴族ってものなんだよ」
「分かりました! でも僕にも倒せる奴らなのか知りたくって」
「今の君にも、かい? そりゃ難しいな。この辺に生息する銀狼は攻撃魔法が使えないと倒せないからね。小鬼なんかはあと三年もすればなんとかなるかな」
いや、魔物の名前を聞かされても、どんな奴らなのか全く想像できねぇ。
「そうですか。まだレベルが足りないってことですね」
「? レベルが何なのか分からないけど、ステータスを上げるスクロールが売られているから、帰りにそれも覗いていこうか」
「ステータス? ステータスって能力値のことですよね? 魔物を討伐して経験値を増やして、レベルアップしていくんじゃないんですか?」
「ははは。なんだい、それは? 経験値? 君は時々訳のわからないことを言うね。もちろん戦闘技術は経験の賜物だけど、人間なんて魔物からしたらいい獲物にすぎない。筋肉をいくら鍛えたって奴らの生まれ持った腕力やスピードには敵わない。だから魔法で勝つんだよ」
アンカラが馬上で笑うが、俺にとっては笑いごとではない。
能力値を上げるスクロール……スクロールって巻物のことだよな。
アンカラが言うには、能力値には『頭』・『腕』・『体』・『目』・『足』の5項目があるらしい。
「頭を強化していけば魔法の攻撃力が上がる。腕は物理攻撃力、体は体力と防御力、目は命中率、足は攻撃の速度や回避率。ステータスをどう強化するか自分で考えてポイントを割り振っていくしかないんだ」
「ええ……。能力値って店で買うものなんですか? でもそれだと、結局お金がない人は、ステータスも上げられないってことじゃ……」
「そうだよ。当たり前じゃないか」
なんてことだ。
衝撃の事実———やはりこの世界は金が全てだった。
アンカラは我が子ながらおかしな奴だ、と笑いながら、馬を走らせた。
いや、どう考えてもおかしいのはこの世界の方だ。
「お金で能力値が買えるなら、今僕がやってる剣の稽古なんて何の意味があるんですか?」
「能力値だけに頼るようなら魔物と一緒じゃないか。ニール。絶対に稽古は続けた方がいい。長い年月をかけて人類が研鑽してきた戦闘技術は、多少の能力値の差なんて簡単に埋めてしまう。それに君は簡単に能力値を買うなんて言ってるけど、スクロール一枚いくらかかるか知っているのかい?」
「ええ……。1枚、1テーリンとかでしょうか?」
えっと、120ヘグリでパン一個だったか。
難しく考えず、もう大体1ヘグリ1円で換算していいんじゃなかろうか。
つまり100ヘグリ=1ナラということは、1ナラ=100円。
100ナラ=1テーリンということは、1テーリンは日本円で10,000円と考えておこう。
「ハズレ。能力値1ポイントに対して最低10テーリンはいる」
「10万円もするんですか!?」
「万円? よく分からないけど、凄く高いんだよ。ちなみに父さんは全属性の低位の攻撃魔法を習得し、能力値は211ポイント上げている」
「2,110テーリン……田舎の安い家なら買えるじゃないですか」
「腐っても騎士の家だからね。今すぐは無理だけど、君が16歳になって成人するまでに、200ポイントまでなら父さんがスクロールを買ってあげるよ」
「こ、子供に大金をそんな簡単に……。ちなみに割りふったポイントって後でリセットは可能なんですか?」
「あははは。安心しなよ。能力値の再分配が可能になる魔法スクロールもあるから」
「それも買わないといけないんですね……」
金、金、金……。
領主が必死に徴税する気持ちも分かる。
武力を手に入れようと思えば、味方の兵士のステータスを上げないといけないわけだ。
将来、商売でも始めようか。
ただ騎士の息子が商売でもしようものなら、父から激しい怒りを受けてしまう。
この世界の教会は金儲けをあまり良く思っていないからだ。
どうしようか。
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