6節.これは反乱の兆しなのか?
レイズブルク領は南北に長く伸びた瓢箪のような形をしている。
ダナの丘はその領内の北東にある、穀倉地帯と森の間にあった。
まだ白いものが残る畑に、年越しを終えた春小麦が出穂していた。水墨画のような美しい山々が遠目に見える。
ダナの丘周辺は本当に長閑な農村のようで、人の姿はほとんど見られなかった。
事件は雪の残る街道を馬で3時間ほど西進した後。
領庁との境である森の入り口近く、シロツメクサが繁茂している草むらでのことだった。
太陽がちょうど真上に来て、昼食の準備をしている時———。
「アンカラ様! どうか聞いてください! 領庁へ行くのなら、どうか来年度の税金を安くしてほしいと、領主様へ訴え出てくれませぬか!」
アンカラが徴税を任された村の一つ、トリフォル村の農民が10人ほどで現れた。
数名の者が犂や鍬を持っていた。
俺は母が昼食に作ってくれたサンドイッチを頬張りながら、慌てて父の影に隠れた。
なんだか知らないが、かなり剣呑な空気が流れ始める。
「いったい何事だ!?」
父が剣に手をかけた時だった。
柄にある玉が紫色に光る。
アンカラが言うには、領主から賜った魔剣とのこと。
ダナ家に伝わる家宝のようだった。
「わしらに敵意はありません! お話を! どうかお話を聞いてください!」
とたん、村人が一斉に土下座して懇願してきた。
皆痩せており、瞳に生気がない。暖かそうな獣の皮を被った雪国の民といった風貌だった。
「皆、どうしたんだ? ここはもう領庁に近い。村から多くの者が一斉に離れた場合、逃散や反乱といった疑いをかけられかねない。早く戻るんだ」
アンカラが他の目がないか、周囲を確認して、村人に帰村を命じた。
しかし、村長だろうか。
白い髭を蓄えた老人が、さらにアンカラに近づいて、頭を地面に擦りつけながら、減税の懇願を繰り返す。
「ここ数年、増税が続いております。普段の税に加えて、さらに1割も上乗せされ、わしらの懐には何も残りません。魔力も年に一回の徴収でよいはずが、半年に一度奪いに来られる。ここは見ての通り雪国。暖房に回す魔力がなければ皆凍死してしまいます」
「それは……何年も前から領主様にお願いしている。だが、ここ最近魔物が多く出没し、防衛費がかさんでいるそうだ。あと少し耐えてくれないか」
「昨年も同じことをおっしゃったではありませんか。知っておられますか? わしらの村では、幼い子らが飢えで苦しみ、凍死した者もいます。これ以上わしらにどう耐えろと言うのですか!」
アンカラは苦い顔をするが、俺はドン引きしていた。
本で読む限り、この世界の税制は、日本に比べてはるかに酷い。
しかし、暮らしにくいことは確かだが、生きていけないことはないくらいのレベルだと思う。この時代が騎士という封建制度が残る中世だとしたら、日本では4公6民、酷ければ6公4民といったレベルで収穫物のほとんどがお上に奪われていたこともある。
いつの時代も民衆は税に苦しめられているのだ。
だとしても、ここの領主のやりようは酷すぎると思った。
大陸の北に位置する島国であるパシフィッカ王国では年の半分が冬。10月から気温は7度以下となり、1月から先月3月に至るまで氷点下の日が毎日続く。
鼻水も凍るような極寒の世界。
この国で暖を取れないことは、即死を意味した。
というか、年に2回も徴税するとか、マジで違法レベルである。
なぜそれが許されているのか、意味が分からなかった。
———ここの領主は悪徳領主だったのか!?
しかし、なによりマズいと思ったのは、徴税している父に対する村人の目つきの険しさだ。
憎まれているって言ってもいい。
領主の犬、民衆の敵として見られているのか。
これって反乱一歩手前なんじゃないだろうか。
アンカラとルゲーナ。この世界で出会った素敵な両親と自分の今後の身が心配だ。
なんとかせねば……。
領主に減税をお願いする?
馬鹿か。悪徳領主だぞ。下手な諫言をしたら俺とアンカラの首が飛びかねない。
とりあえず、大人しくしとくか。
「どうか落ち着いてほしい。わかった。俺が領主様にお願いしてみる。君たちが限界だということを伝えよう」
「お願いします。領主様は暖房が使えないのであれば、森で薪を取って燃やせばよいとおっしゃりましたが、森には恐ろしい魔物がおります。ステータスの低いわしら平民ではとてもではありませんが太刀打ちできません。水道も使用するには魔力がいります。水がなければ生きていけません。どうかわしらにお慈悲をくださいませ」
「水道が駄目なら、井戸から汲めばいいじゃないか」
いや、父よ。
余計なことは言わんでいい。
村人の視線がよりきつくなったじゃないか。
「冬は川も井戸も凍ります。わしらに死ねとおっしゃるか!」
「わ、わかった。ちゃんとお伝えしておく。今日のところは村に帰ってくれないか!」
アンカラが村長の圧に気圧された感じで頷いた。
それに一応納得したのか、村長が村人に帰ろうと呼びかけた。
「……頼みましたよ」
村人が不満そうな顔でそろそろと帰村していく。
俺は不安そうな顔をしていたのだろうか。
「だ、大丈夫だよ、ニール。いざとなったら僕が守ってあげるからね。村長も言ってたけど、貴族と平民じゃステータスが違う。平民は貴族に従うしかないんだ」
アンカラが苦笑いを浮かべながら、俺の頭を撫でてくれた。
うーん、この父優しくて強いんだけど、あんまり民の気持ちに寄り添ってる感じがしないんだよな。現に3年生きてきた中で、俺は生活に困ったことなど一度もない。 何不自由ない生活と贅沢とも言える食生活を送っている。
田舎貴族とはいえ騎士の家と庶民では天と地ほども生活レベルが違うのはなかろうか。
民の苦しみを知らない上級階級は危険だ。
これは本気でなんとかしないといけないのではないだろうか。
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