3節.魔法で成り立つ生活

 あっという間に一年が経った。

 

 母乳を卒業し離乳食になった。

 ハイハイからの掴まり立ちを覚え、俺は家の中をある程度見て回れるようになった。

 

 見れば見るほど不思議な世界だった。

 妙に発展はしているものの、現代日本にあるべきものが存在しない。

 窓から外を見ると、雪国のようで冬が非常に長い。 

 

 家のいたるところに黒いケーブルのような線が這っている。コンセントのようなものもあるし、電気の線なのか。しかし、ブレーカーのようなものは見えず、父と母は壁に埋め込まれた透明な水晶のようなものに触れるだけで灯りを点けていた。

 

 水晶のようなものは家中の至るところにあった。

 暖房器具や水道の蛇口、トイレや風呂。

 1年間観察した俺の推測では、電気、ガス、水道といった生活インフラの全てに水晶があり、人が触れると装置が作動する———スイッチの代わりのような存在と見た。

 試しに俺が暖房器具の水晶に触れてみたら、やはり温かい風が装置から出てきた。 

 まずスイッチで間違いない。

 両親は装置を起動させた俺に驚愕しつつも、頭を撫でて凄い喜びようだった。

 しかし、なぜかもの凄い眠気が襲ってきて、俺の意識は数秒で消失した。

 

 なんだこれ?

 

 このスイッチ、人間の体力とかを燃料にして作動してるのか。

 ちょっとまずい。

 これ鍛えないと生きていけない世界だったりするんだろうか。




¥¥¥




 3歳になるまで、両親から言語とこの世界の常識について学んでいった。

 やはり文法は英語圏と同じ。

 主語・動詞・目的語・補語で形が成り立っている。

 文字もアルファベットに似た記号の羅列で、一旦単語等を覚えてしまえば日本語よりもよほど習得が簡単だった。ただ発音だけは難しくて、舌を巻いたり、顎の上で舌を叩き息を吐いたり、ややこしくてかなわない。

 両親は俺の舌っ足らずな発音も、それが可愛いらしく頬を緩ませ、ゆっくり練習に付き合ってくれた。

 本当に良い両親である。


 父の名前はアンカラ、母の名前はルゲーナというらしい。

 苗字はダナ。

 レイズブルク領にあるダナの丘に家を構えたことが由来らしい。

 人生二週目であろう、色々挙動不審な赤子の俺にも、彼らはとても優しかった。両親を大事にしたいと正直に思えた。

 

 ———俺はニールと名付けられた。

 大昔に実在した強い竜の名前らしい。


「この子ももう3歳か。そろそろ確定申告にいかないとな」


 ふとアンカラが訳の分からないことを言い出した。

 しかしルゲーナがそれに同意する。


「領庁まで一泊二日の旅になるわね。馬車を用意しないと」

「いや、お金がもったいない。俺の馬で二人乗りで行くよ」


 俺は思わず口を開いた。


「僕はまだ3歳ですよ。収入なんてありませんし、どうして確定申告になんか……」


 すると、両親は不思議そうな顔をした。


「収入? 何を言っているんだニール。君には『魔力』があるだろう? 子供でも魔力はきちんと申告しないといけない決まりなんだ」

「魔力?」


 納得していない様子の俺を、アンカラは優しく抱き上げて、電灯のスイッチであろう水晶の前に連れてきた。そして俺の手を取り、水晶に触れさせる。

 今まで明るかった家の中が突然真っ暗になった。

 そして、また俺の指が水晶に触れると、途端に明るくなる。

 電灯が点灯した瞬間に、俺の精神力かなにかが消耗した気がしたが、眠くなるほどではなかった。


「ニール、今君が灯りを点けたり消したりしたのは、全部君の魔力が引き金になっているんだ。えーっと、まだ幼い君には理解できないかもしれないが、俺達が明るい部屋で、暖かく過ごせているのは、みんな魔力っていう不思議な力のおかげなんだよ。母さんがいつも美味しいご飯を作ってくれるだろう? あの火も魔力で出来ている。君が飲んでいるきれいな水だって魔力で浄化されたものだ。この国は魔法で成り立っているんだよ」

「魔力? これが全部魔法の力?」


 俺は呪文も唱えていないし、何か特別なことをした覚えはない。

 水晶に触った瞬間に、俺の中の何かを奪われた感覚があっただけだ。

 あれが魔力なんだろうか。

 今度はルゲーナが引き継いで説明してくれる。


「この国の人達はみんな魔力を持っているの。……まぁ、たまに例外はいるけど。みんなで出し合った魔力を国に納めて、国がその魔力をエネルギーに変えて各家庭に送り出しているの。あなたのお父さんはこの国の騎士様で……えーっと、領主様から領民のお金や魔力を集める徴税を任されているのよ。大事なお仕事なんだから」

「徴税だけじゃないよ。領民の管理や治安維持とかも仕事のうちさ。ダナの家は代々レイズブルク領に仕える騎士の家柄でね。村を3つ、領民500人の管理を任されているんだ。君もゆくゆくは俺の仕事を引き継いでもらうことになる。難しい仕事だが、誰かがやらないといけない立派な職務だぞ」


 えーっと、つまりはアンカラは一応公務員で、普通の税だけじゃなく、魔力っていうエネルギーの徴収をさせられているってことか。領主に土地と領民を与えられ、仕える騎士。昔の日本でいう地頭みたいなものだろう。


「ねぇ父上! 僕はどれくらいの魔力を持っているんですか? 水晶に触ったらどれくらいの魔力を持っていかれるんですか? あとあと、僕は魔法が使えるんですか? 雷を落としたり、炎や吹雪とかを起こせたりするんですか?」

「ははは。いつも大人しい君がやけにテンション高めだね」


 アンカラは俺をあやす様に上に持ち上げた。

 優しい声音で、たかいたかーい、をした後、顔をじっと見てくる。

 そして腰に帯びた剣の柄に触れる。

 どうやら父の目には人の魔力量のおおよそが分かるらしい。


「生活に必要な魔力は一日30~40くらいじゃないかな。騎士になれば攻撃魔法の使用許可がおりるけど、低位の火の魔法一つ買うだけで、馬一頭くらい買えるくらいに金がかかるから。魔法をたくさん覚えたいならその分稼がないとね」


 説明を続けるアンカラの顔を見る。

 本当に両親ともに美形だと思う。

 俺もいつも鏡を覗き込んでいるが、幼児ながら、中々顔が整っている部類に入るのでないか。母ゆずりのシルバーブロンドのサラサラな髪に、父のような凛々しい顔立ち、エメラルドの瞳。

 将来が少し楽しみであった。


「うーん、俺の見立てだと、君の魔力は30か35くらいかな。まぁそれを測定してもらうためにも領庁で確定申告をしないと」

「確定申告で僕の魔力を測るんですか?」

「そうさ。平民は決められた歳に、俺達騎士であり徴税吏員が魔力を測定して、定められた税率に従い課税していくけど。ニール、君の身分は騎士の家柄だから、一応貴族ってことになる。少し遠いけど、これから定期的に領庁に自分の魔力の最大値、それに一日で回復する量を報告しなくちゃいけないんだ」

「それが確定申告ですか?」

「ああ。父さんと母さんも10年に一度は確定申告しないといけない。それに領民から集めた魔力も領主様にお渡ししないといけないしね。雪解けを待って出発するけど、準備はしないとな。これから忙しくなるぞ」


 そして、アンカラは棚からなにやらごそごそと探して、俺の目の前に持ってきた。

大きな手には木剣が握られていた。

 滑らかな曲線を描く固い木の剣。

 これから毎日、朝と晩と剣の練習をするらしい。

 強くならないと生き残れないぞ、と真面目な顔で言われた。

 剣……やはり危険な世界なのだろうか。

 勘弁してほしい。

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