2節.親

 生まれた後、俺は赤子の感覚に戸惑っていた。

 考えることは色々あるのに、思考がついていかない。

 断続的に訪れる長い眠り。

 そして、生命としての欲求、つまりは食う寝る排泄するを繰り返す。

 

「———。———? ————」


 意味不明の言葉が降ってきた。

 俺は突然抱き上げられ、目の前に乳が晒された。

 見上げればシルバーブロンドの髪をした垂れ目の女がいた。

 どうやら今世の俺の母は日本人ではないらしい。欧州系、北欧美女のような顔立ちをしている。顔の凹凸が濃く、鼻が高い。睫毛が長く、金色に輝いており、瞳は青と緑を混ぜたような色だった。

 生前いい歳をした成年男性だったであろう俺は、当初は母乳を吸うことに羞恥を覚えていたが、今はもう慣れてしまっている。


「———。———……。———?」


 言葉を延々と発し続けている母。

 全力で笑顔を見せたり、色々あやしてくる。

 でも、悪いけれど何を言っているのか理解が出来ない。

 俺は眉をしかめて首を捻っていた。

 何も反応しない俺に心配したのか、不安そうな顔をする母。

 罪悪感が襲ってきた。

 この人は俺の母親なのだ。大事にしないと。

悲しそうな顔は見たくない。

 

「あーいをてか! おあ、みげる!」


 俺は「心配しないで! 俺は大丈夫!」と言ったはずなのに、全然言語化出来ていなかった。それに頭に浮かんだのは日本語だ。母の言語とは違う。彼女の発音は日本語と違い、子音で終わることが多い。音の強弱をアクセントとして用い、どちらかと言えば英語に近い印象だった。


「あい、おー、イエウエア!」


 俺は母のイントネーションを真似てみた。

 舌をまだ生えていない歯の裏にくっつけるようにして巻いてみる。

 せっかく生まれ変わったのだ。 

 早くこの世界の言語を覚えたかった。


「———!? ———! ———!」


 幸いなことに、俺の意味を成さない発言に母は大層喜んでくれた。

 何回も繰り返し、俺に言葉を投げかけてくる。

 母の表情、それに身振り手振り、口の動かし方をじっと見る。


 俺は赤子の生活を続けながら、必死に新たな世界を学習するのだった。




¥¥¥




 夕方になると男が俺の子守をしにやってきた。

 母と同じく欧州系の顔立ちをしている。長い金髪を後ろでくくり、顎には髭が軽く生えている。

 どうやらこれが俺の父のようだった。

 いつものことで、軽々と抱き上げられ、ジョリジョリと頬ずりしてくる。

 俺は嫌がりながらも、男の細いながらもしっかりとした筋肉に驚いていた。胸板や腹筋が生前の日本では見たことがないくらいに引き締まっていた。

 それに、なにより気になったのは、腰に剣を帯びていることだ。

 紫色の不思議な玉が柄に付いている。

 

 俺の父は武士、いや騎士とか。公に勤める武官なのだろうか?


 ここがどういった世界なのか分からない今、父と母、それに生活環境で推測するしかない。

 剣を使う職業があるってことは、もしかして中世ヨーロッパのような時代なのか?

 でも、見上げると色は淡い紫だが、電灯のようなものが点いている。

 遠く台所からは自動で温かい空気が噴き出るストーブのような機械や、コンロのような装置、水道の蛇口まで見える。

 テレビとパソコンが見当たらないくらいで、ほぼ生活様式は近代化が進んでいる。

木製だが家も広く、奇麗に整っている。ベッドもふかふかで肌に心地良かった。

 かなり良い暮らしが出来ていると思う。


 近代なのか中世なのか。わけがわからない。

 でも、これから原始人のような生活をしなくてすむのは喜ばしいことだった。


 はてさて、ならばなおさら、父の剣が気になる。

 銃は存在しないのだろうか?

 もしかして、父の職業は帯剣を許された貴族とか?

 サー、とか呼ばれていたりするんだろうか。

 だとしたら、俺は貴族の嫡男か。

 まいったな。

 いいところのぼっちゃんか、俺は。

 今回の人生は楽にのんびりと生活出来たらいいなぁ。


 気分がよくなり、俺は男の厚い胸の中で眠りに落ちた。

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