第七話 豚殺場
呼び出されたその場所は、豚殺場だった。
足を踏み入れたその中は、吐く息が白くなるほどにマイナス温度に設定してある。
初蔵が拳銃を構え先に入った。
天井には、何本もの蛍光灯が豚殺場を照らしている。
「誰かおるんかー」
初蔵が怒鳴ったが、音一つない。
次に木島と國光が同時に入った。
勢い良く入った二人は、ぶら下がっている皮の剥ぎ取られた豚に、顔ごとぶち当たり、小さな悲鳴を上げた。
初蔵は、何十体と吊るされた豚を掻き分けてゆくと、木箱が積み上げられている空間に出た。
そこには、皮を剥ぎ取られた豚と一緒に、吊るされた狩野の姿があった。
初蔵は、生きてるかと、狩野に呼びかけた。
すると向こうから、微かに狩野の声が聞こえた。
初蔵が狩野に近付こうとした。
その時、初蔵目掛け銃弾が飛び込んできた。
銃弾は初蔵を外れ、吊るされた豚肉にめり込んだ。
初蔵も、すかさず撃ち返した。
殺し屋の男は豚の背後に隠れた。
今度は、反対側から撃ってきた。
このままでは狙い撃ちにされると考えた初蔵は、豚に自分の上着を着せるとその豚を抱え、殺し屋の近くまで放り投げ、一発発射した。
殺し屋供は、服を着た豚を初蔵と思い込み、豚目掛けて一斉に、玉が切れるまで撃ち尽くした。
豚殺場の中は、拳銃の騒音でいっぱいになった。
一人の殺し屋が、初蔵の死を確認しようと、上着を着た豚に近付いて来た。
その時、初蔵は、吊るされた豚に隠れながら、音を立てずに、殺し屋にそーと近付いていた。
男が変わり身と気づいたその瞬間。
後ろへ回り込んだ初蔵は、豚を吊るしていた針金を掴むと、男の背後から、男の首に巻き着け、壁に吊るされたフックに引っ掛けると、針金を腕に巻きつけ、それを思いっきり下へ引っ張った。
男の足は数センチ地面から離れ、巻きついた針金が首に食い込んでいた。
殺し屋は騒ぐ事も出来ず、足をばたつかせると舌を出し絶命した。
その時、引き攣った悲鳴が聞こえ振り向くと、手下の一人が逃げ出そうと走り出していた。
木島が拳銃を構え、逃げる男の足に命中させた。
逃げ出そうとしていた男は、腰を句の字に曲げ、足を抑えてのた打ち回っている。
そこに冷徹な表情の初蔵が、國光の刀を抜いて男に近付いた。
初蔵は、男の首筋に刃先を当て、頼まれた人間を教えろと迫った。
男は、初蔵の恐ろしい形相にあっけなく白状した。
生け捕りにした男の口から、殺しの指示を出していたのが、赤い靴のオーナー藤田と判った。
それを聞いた初蔵は、藤田と出会った時に感じた、あの時の殺気を思い出した。
初蔵は、横浜の赤い靴へとシボレーを飛ばした。
木島と國光を乗せたシボレーは、まるでゼロ戦戦闘機が滑空するかのように、本牧埠頭を駆け抜けていった。
数時間後、赤い靴の地下入り口に立った初蔵は、
フロントの扉を開け初蔵は、険しい形相のまま、ずんずん前に進んむ。
フロントでは、会計係の男が歳が若く見えると、若い女連れの男に、身分証を見せる見せないで小競り合いをしていた。
初蔵がフロントの前を素通りしようとしたとき、ドアボーイを兼ねたフロントの男が、慌てて前金の料金を払うようにと咎めに来た。だが、男は、初蔵の普通でない様子に息を飲んだ。初蔵の手に拳銃が握られていたからだ。
男は目から力が失せ棒立ちに立ち尽くした。
フロント会計係の男が初蔵らに気づき、小競り合いをしていた若い男女から初蔵等の方へ目を向けたが、手にした銃を見て動けなくなった。
そして小競り合いをしていた若い男女が、振り向いた。
二十歳そこそこの男は女の手をとると、一目散に階段を駆け上り帰って行ってしまった。
初蔵は構わずダンスホールに続くドアを開けた。
初蔵等は、踊りに夢中になっている客を蹴散らしながらダンスホールを通り抜け、木島の案内で、暗幕の張ってある秘密の扉を開けようとした。
そのとき、何処から現れたのか、数名のどう見てもウエイターではない男供が、行く手を遮ってきた。
だが、初蔵の恐ろしく殺気だった一喝に怯んでしまった。
怯んだところを木島と國光が、拳銃と日本刀で、一歩でも動いたら鼻の穴を一つ増やすと木島が脅し、一方國光は耳を殺ぎ落とすと脅していた。
初蔵は、オーナーの部屋につづく赤絨毯の廊下を悠々と進んで行くと、虫がへばり付いているような模様のドアの前に立った。
初蔵は、銃を構え、木島と國光に目で合図をすると、一気にドアを開けた。
すると目の前に、坊主頭の男が銃を構えて待ち伏せていた。
坊主頭の男は、閻魔大王の様な形相で、初蔵の鼻っ面に銃を突き付けた。
初蔵は、両手を挙げ、降参というような素振りを見せ、一歩前に進み出て男に近付いた。
坊主頭が初蔵の握る銃に手を延ばそうとした時!
次の瞬間!
初蔵は、素早い動きで男の腕を捕ると、坊主頭は空中を一回転してガラスケースの上に、投げ飛ばされた。
男は割れたガラスケースの破片で首の動脈を切り絶命していた。
部屋の奥へ進むと赤い靴のオーナー、藤田がソファーに掛けていた。
「せっかくの骨董品が割れてしもうたな・・・ありゃあ李朝と柿右衛門やろか」
藤田は、その声の方向へ首を傾けると、鰓ばった顔の木島が、細長い目で冷ややかに藤田を見下ろしていた。
「お前は・・・・」
藤田は、憎々そうな表情で木島を睨んだ。
「爺さん・・・・」
初蔵が、藤田に近付いた。
初蔵が近付くと、藤田の杖を握る手が震えた。
初蔵は、老人藤田の前に仁王立ちになると、額に銃を向けた。
「何故、俺を狙う!・・・何故、安齋俊を殺そうとするんだ!」
藤田は近付いた初蔵の顔を見て、不思議な顔に変わった。
「・・・お前には、ここに刀傷があったはずじゃが・・・」
そう尋ねられた初蔵は、自分は安齋の身代わりだと話した。
それを聞いた老人藤田は、驚きを隠せない表情で初蔵の顔を見やった。
藤田こと李は静かな口調で、安齋を襲う理由を話し始めた。
初めに、中国名が李崇黄であること、そして、安齋に横取りされたコカインが無くなった事で、その後、李はカポネ一家の連夜に続く拷問を受けたこと、手下も何人か見せしめに殺された事など、安齋を生かしては許されない事を話した。
初蔵は、この話によって自分は初めから安齋に利用されていた事に気づいた。
だが多くの仲間が李の手によって殺されたのには変わりない、初蔵は一度下げた銃口を李に向けた。
その時!
「やめてー・・・!」
開け放した扉の向こうからパーメラが、眼に涙を溜め絶叫した。
そして、李に駆け寄ると覆い被さり、
「お願い、撃たないで、お願い・・・」
パーメラは悲痛な眼で初蔵を睨みながら、
「爺爺が死んだら、私一人ぼっちになってしまうの・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・爺さん殺しても、五郎も蓮治も生き返らねえ・・・・」
初蔵は銃を下げた。
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