第八話 修羅の慟哭
二月某日
この日、初蔵は、蓮治の遺骨を安養寺に預けると、安齋の居る議員会館へと向かって行った。
———————-*
「初ちゃん、ほんまに一人で行くんか・・・」
木島が、諦めた表情で言った。
「・・・・初蔵が頑固に言う時は、どう言うても聴かんからな、雅子ちゃん時も、そうやったしな」
「兄貴、俺にもお供させてください・・・」
國光も、蓮治の仇を取りたいと、喰いついたが、聞き入れてくれない。
「いや、これは俺が簡単に引き受けたことから、三人も死なせてしまったのだ、だから、自分ひとりの手で決着を着けて来る」
初蔵は、殺された三人の供養に、一人で安齋の首を取ると言って、木島と國光の助けを断った。
「これ、使ってください・・・」
國光が、祖父の形見の刀を差し出した。
刀を掴んだ初蔵は、國光の肩に手を置き、大丈夫だと言い刀を手にした。
そして初蔵は、もしもの事があったらと、雅子への手紙を木島に渡すと、木島の手を握り力を込めた。
「じゃ、行って来る」
初蔵は、力強く言うと、新橋のアパートを後にした。
シボレーの助手席には國光が貸してくれた日本刀、腰には蓮治に預けていたコルトを差して永田町へと向かった。
発進させて間もなく、歌舞伎町に差し掛かると、数名の男供が道脇に並んで立っている。そこを通り掛かると、男供は一斉に頭を垂れた。
安齋組の磯野部と日向、そして組幹部の連中だった。
実の親分を殺ろうとしている初蔵に、彼等は敬意を表したのだ。身代わりの安齋と判っていても、短い期間だったが、初蔵の人と成りが身に染みていたのだろう。
シボレーは、一定の速度を保ち、四谷から麹町を抜けた。
半蔵門に差し掛かったとき、初蔵は一旦車を止めた。そしてトランクを開けると中から真新しい背広にシャツと靴を取り出し、着替え始めた。
ネクタイを締め上げたとき、そこには参院議員の安齋が立っていた。
初蔵は、ここで参院議員安齋に化けたのだ。
永田町の参院議員通用門を通るとき警備員が居る。
関係者か通行手形がないと通れない、その為だ。
初蔵は、刀をゴルフバックに入れ、シボレーを乗り捨てると、タクシーを拾い議員宿舎を告げた。
タクシーは、永田町参院議員通用門に差し掛かると、警備員に止められた。初蔵が、窓を開け威厳のある口調で、急いでいると言うと、直ぐに通してくれた。
警備員は敬礼をして見送っていた。
安齋の棲む家は永田町通用門から30分程行った平川町の閑静な高級住宅地の一角に、安齋俊の議員宿舎はある。
宿舎前にタクシーを停車させると、初蔵は、運転手に戻るまで待っているようにと告げた。
初蔵は、ゴルフバックを抱えて、安齋の居る宿舎のドアを叩いた。
すると秘書らしい男が出迎え、目の前にいる安齋を見て、一瞬おやっという表情になった。
秘書は確か安齋先生は書斎に居た筈だがと思ったのだ、だが、安齋に成り済ました初蔵が、ご苦労さんと言うと、疑いもせずに中へ招き入れてくれた。
玄関に入ると秘書が自分の部屋の秘書室に戻ろうとした、初蔵はその秘書を呼び止めると、これから大事な客が来るから今日はもういいから家に帰るようにと言いい秘書を帰した。
初蔵は土足のまま上がり込むと安齋の居る書斎に向かった。
書斎の前に立ちドアに手を掛ける、鍵は掛かっていない、静かにドアを開けると、安齋幸太郎に名を変えた本物の安齋俊がいた。
安齋は机に向かい何やら書き物をしている。
初蔵はドアの前に立ち、背中越しに安齋を睨みつけた。
無心に机に向かい書き物をしていた安齋は、背後に気配を感じたのか、はっとして振り返った。
振り返った安齋の目の前には、自分と瓜二つの男が立っている。
二年前に自分の影武者を頼んだ男、初蔵が立っていた。
安齋は初蔵の表情の消えた顔を見て、狼狽を見せたが平静を装い、話し掛けた。
「これはこれは、珍しい方が来ましたね・・・」
初蔵は、久しぶりに本物の安齋俊の顔と声を聞いたが、二年前に聞いた正義のある声に
はもう聞こえてこない。
「・・・・・・」
初蔵は黙ったまま安齋を睨み続けた。
初蔵は、ゴルフバックのファスナーを静かに開けると、無言のまま日本刀を取り出した。
初蔵が安齋ににじり寄る。
安齋は己の仕業を
次の瞬間!初蔵が刀を振り下ろした。
安齋の座る机の横に誇らしげに置かれた達磨が真っ二つになった。
「まっ待て! 話せば判る」
安齋は事の成り行きを察し、慌てて手を初蔵に向けた。
その勢いで書き込みをしていた書類が、床に散らばった。
初蔵は、刀を振りかぶると無表情のまま、その突き出された腕目掛け、刀を大きく振り下ろし、腕ごと切り落とした。
ドサッと鈍い音を立て、落ちた腕は絨毯に転がった。
次の瞬間、「ムゥッ」という呻と安齋の口がへの字に曲がり、白目を剥いて悶絶しながら床に転がり足をばたつかせた。
初蔵は、苦しむ安齋の髪を鷲掴むと拳を振り上げ、安齋の顔を何度も殴打した。
「げはっ、がっ、ま待ってくれ、頼む! 命だけは獲らないでくれ」
髪を振り乱し、口から血反吐を吐きながら、嘆願する安齋。
震え、紫に染まった唇からは血紫の泡を吹き、切り落とされた腕からは白い突起物が突き出していた。
外は日が落ち始め、薄暗くなった宿舎の通路や庭に、外灯が灯り、静けさが染み渡っている。庭には雪解けの隙間から猫柳の芽が覗いていた。
「貴様の精で、三人の大事な命を無くしたんだ・・・生かして許せるか !」
初蔵は憎しみの限り、吼えた。
その声に触発されたのか、安齋は辛うじて立ち上がると、机に向かい倒れこんだ。
初蔵は、刀を持ち変えると倒れこんでいる安齋に近づいた。
その時、苦悶に険しい形相をした安齋が、机の引き出しに手を伸ばすと手には拳銃が掴まれていた。
銃口は初蔵に向け発射された。
銃声が鳴り響き、銃弾は初蔵の左の頬を抉(えぐ)り、壁に減り込んだ。
初蔵の頬から血が滴り落ちる。
安齋は体制を起き上げると残された右手に、拳銃を構え初蔵の胸に向けてきた。
「わかった、どうやら俺が死ぬ運命のようだな」
そう言うと初蔵は、刀を捨て両手を後ろに組んだ。
「くそっ、貴様のようなチンピラに何が出来る、所詮は何の力もないチンピラだ」
そう言うと、初蔵の額に狙いを定め、引き金に指をかけた。
その時、初蔵は腰に隠していたコルトを素早く抜き放した。
銃弾は安齋の残された左腕に命中した。
安齋の銃が手から離れ床に落ちた。安齋は慌てて銃を拾おうとした。
すぐさま初蔵は、透かさず刀を拾い上げ素早く
次の瞬間!
安齋の首筋が光り、ゴロリと生首が床に転がった。
床に転がる生首は、魂が抜け落ち虚(うつろ)ろに見開かれた眼で虚空(こくう)を見上げていた。
初蔵は倒れこむように、いままで安齋が座っていた椅子に腰掛けると、頭を抱え込み大きく息を吐くと激しく慟哭した。
完
修羅の慟哭 Ⅱ 村雨与一 @yumeji4719
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