第六話 五郎と蓮治の死

翌日、

 初蔵等四人は、新宿安齋興業近くの喫茶で今後の動きのついて話し合っていた。


 ほとんど対策が持てないままに、四人は席を立とうとした、その時、磯野部がやって来た。

狩野から連絡を受けたという、初蔵らのアパートに誰もいなかった為、安齋組の磯野部に連絡がいったのだ。

狩野の話によると、夜遅くに、男二人が現れ、五郎を連れて行ったっきり、夕べから帰って来ないという事だった。

 連絡を受けた初蔵は、木島ら三人を従え、直ぐに横浜中華街へと向かった。


 初蔵は思った。恐らく、昨日、五郎と話しているところ見られ、奴等に初蔵との関係を知られたのだろう。恐らく五郎は奴等に監禁されているかもしれない。


 中華街へ着いた初蔵等は、手分けをして、監禁に使われそうな廃屋や倉庫など、方々探したが五郎は見つからなかった。


 そして、一週間後

狩野までもが姿を消した。

 初蔵は、夜来香イエライシャンに行き店の主人に狩野の事を尋ねた。


「モウー、チョウダンジャナイヨ、マジメニ働クユウカラ、ヤトッタノニ、二人トモ、ドコイッタカ」


主人は、行き先が判るどころか、ひどい剣幕で怒っていた。

それから数日後、初蔵らが夜通し探し回っても見つからなかった五郎は無残な姿で現れた。


神田川から撲殺されたと見られる若い男の死体が、揚がったのだ。


五郎だった。


小さな白い布に包まれた箱を前に、初蔵は泣いた。身よりも無く、ただ無心に生きようとしていた若い命が、自分の精でこんなに簡単に死んでしまった。


初蔵は言いようの無い悲しみに、涙が止まらなかった。


—————蓮治の死


辺り一面、雪に覆われていた東京も、厳しい冬が通り過ぎ、雪解け水が、道行く人々の足元を濡らしていた。

この日、蓮治は新橋のアパートで一人留守番をしていた。


五郎の納骨のため車の運転を國光、付添い人に木島をお供にと、初蔵ら三人は出かけていったからだ。

蓮治は、狩野の連絡を受ける為の留守番でもあるのだが、この日の蓮治は、異様に落ち着かずそわそわしていた。


それは隣に住む、敦子の事でだ。

以前から、敦子に遊びにきて欲しいと言われていた蓮治だが、お隣同士に、木島と國光が居る手前、そう簡単には行けずにいた。だから今日が蓮治にとっては最良の日なのだ。


今日、敦子は仕事も休みで部屋に居る、奥手の蓮治は意を決した。だけど、手ぶらでは格好がつかない、蓮治はいつものスーパーに出かけた。


その時! 足取りの浮かれた蓮治には、物陰に潜む人影があることに気づくはずもなかった。


 スーパーに着いた蓮治は、花を見繕うとしたが、知っている花といえば、菊やチューリップぐらいなもので、どれにするか決めかねた蓮治は、スーパーの店員に聞く事にした。


「おばちゃん、あん・・あのっ、女子(おなご)にやる花がほしいんだけどよ、なんか見繕ってくれねえか」


 蓮治は、持ったこともない花束と、洋菓子を買って福寿荘へと向かった。


アパートに着き、自分の部屋のドアを通り過ぎ敦子の部屋の前に立ち止まると、キョロキョロと辺りを見回し、大きく深呼吸してからドアをノックした。


・・・・すぐに返事がない!


もう一度ノックしてみた。だが返事がない!


おかしいと、もう一度ノックしようとした時!

今度は、微かに敦子の声が聞こえた。

「あの、俺、蓮治だけど・・・」


 少し間を置いて、ドアが開いた。


 蓮治は、花束を胸に抱えると、敦子への気持ちを言葉にしようとした。


 花束を突き出し、一呼吸置いた。


その瞬間! 


蓮治の身体が仰け反るようにして、大きな花束を胸元に抱えたまま、前のめりに倒れこんだ。


再見さようなら!・・・」


蓮治の耳に微かに男の声が聞こえた。中国語でさようならと言う言葉だった。


次の瞬間、蓮治の意識が遠のいた。

蓮治の胸からは真っ赤な鮮血が溢れ出て、玄関に脱ぎ揃えた敦子の靴が赤色に染まっていった。


蓮治の遠のく意識の中で、敦子の真っ赤な靴が目に映っていた。


「敦っちゃん、赤い靴履だ・・・・・・・・・・・」


そのまま蓮治の記憶も意識も一瞬にして、消え去った。


蓮治は、右の肺を一突きにされまもなく死んだ。


 真っ赤に染まった玄関のそこには、血の憑いた短剣を握る男が、仁王立ちしている。


男は蓮治に追跡され、車に跳ねられ死んだ男の片割れの男だった。

 その時、台所の奥で男に口を塞がれ、恐怖におののく敦子が居た。見開いた眼からは涙が溢れ、その瞳には、花束を抱えた蓮治の姿が映っていた。

 男は敦子から手を離すと「麻煩您了」と言葉を吐き捨てると、蓮治を襲った男は立ち去っていった。


二時間後

五郎の納骨を終えた初蔵たちが帰ってきた。

何も知らず、部屋に入る初蔵。


國光が、

「蓮治の兄貴何処にも居ませんよ・・・」

「煙草でも買いにいっとるんやろ・・・」

 木島が言った。

その時初蔵は、五郎の位牌を即席で作った仏壇に置き、手を合わせていた。


 さらに一時間が過ぎた頃。


 蓮治の帰りがあまりに遅い為、おかしく思った初蔵は、電話を取りダイアルを廻した。


 安齋組の磯野部が電話口に出た。


 初蔵は、蓮治がそっちに行ってないかと聞いたが、磯野部は、事務所には顔を出していない上、連絡も入っていない。何も聞いてないと言う。


その時、國光が、ニヤニヤしながら、

「もしかして・・・お隣さんかも・・・」

 國光が呼びに行くと言ったが、初蔵がそれを止めた。

 隣に居るには、あまりにも静か過ぎると、不審に思った初蔵は自分が行くと言い、外へ出た。

 

隣の部屋は、初蔵らの部屋のドアを開け、二歩も歩くとすぐ敦子の住む部屋のドアだ。

もしも二人が居れば声ぐらい聞こえるはず・・・初蔵がノックをした。


・・・・返事がない。


 初蔵は、ドアの取っ手に手を掛け、手前に引いて見た。するとドアは開いた。


初蔵は、なんだ居るのかと思ったが、しかし、開いたドアの向こうから初蔵の目に飛び込んできた光景は、


————血の海に横たわる、蓮治の姿だった。


初蔵は言葉を飲み込むと、眼を大きく見開き、蓮治の変わり果てた姿から、なぞるようにして、目線を部屋の奥へと向けた。


奥に向けた目線の向こうには、放心状態に魂の抜けた敦子が、口を半開きに、壁に寄りかかっていた。


「・・・・・・・!」


「ウォォォォー・・・!」


その時、木島らの部屋に獣のような声が響いた。


「蓮治、蓮治、蓮治・・・うぉいっ蓮治、起きろ・・・」


初蔵は、何度も、何度も、蓮治を抱きかかえ揺り動かした。


木島と國光は、異変に気づき、駆けつけて見ると、そこには、顔から血の気が失せた初蔵が、変わり果てた蓮治を抱えて肩を震わせていた。


一瞬、何が起こっているのか、判断出来なかった木島と國光も、真っ赤に染まった花束に、我を失い泣き叫んだ。


「誰や、誰や、誰やこないな悪さしよるのは・・」

 木島が、泣き顔になりながら、叫んだ。

 初蔵は、放心状態で居る敦子の傍へしゃがみ込み、落ち着いた口調で尋ねた。


「なして、こんなことになったんだ・・・誰に殺られた・・・・」


 敦子は、泣き腫らした目をゆっくり初蔵に向け応えた。

「・・男の人たちが、突然上がりこんできて・・騒ぐと殺すと言われました。そのうち蓮治さんが訪ねて来て・・・・」


 そう言って敦子は顔を覆った。


「どんな奴だった・・・」


「・・・私には日本語で話してましたけど、男の人同士で話しているときは、中国語のようで、何を話しているのか判りませんでした」


「中国語・・・・!」


初蔵の中で、何かが弾けた。


「蓮ちゃん・・・ヒッイ、ヒック・・蓮ちゃん・・・わぁーん、蓮ちゃんが死んじゃった」

國光は子供のように、泣きじゃくっていた。

初蔵は、仏となった蓮治を抱ると、敦子の部屋から初蔵らの部屋へと戻った。

部屋に戻った初蔵は、蓮治を五郎のお骨の前に横たえた。


蓮治を囲んだ三人は、黙ったまま・・・誰も喋らない。しばしの沈黙に時間だけが経っていった。


蓮治の亡骸の前に座る初蔵の脳裏に、蓮治との思い出が蘇ってきた。


すると初蔵の口元がふっと緩んだ。そして独り言のように呟いた。


「お前は、ほんと臆病な奴だったな、・・・雅子を助けに行ったときも、長ドス抱えて震えてたっけ・・・それから・・組の金持って漁船に隠れてたっけな」


 そう言いながら、初蔵の眼からポツッ、ポツッと涙が零れ落ちた。

 木島と國光も目頭を拭きながら黙ったまま、鼻を啜っていた。・・・・


そのまま朝を迎え、六時を廻ったころ、突然電話のベルが鳴り響いた。


狩野からだった。


電話は、初蔵を呼び出す内容だった・・・・。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る