第四話 ダンスホール

翌朝、蓮治と國光はスーパーに買い物に来ていた。初蔵に頼まれ買い出しに来たのだ。

買い物かごいっぱいに野菜やら缶詰など詰め込みながらスーパーの中を歩いている

と、前方から隣に住む桜井敦子が歩いてきた。


蓮治に気がついた敦子は、笑みを浮かべると口をすぼめるようにして、お辞儀をしてきた。

蓮治がどうもと言ったまま、後の言葉が出ず、その場に立ち尽くしていた。


「蓮ちゃん、俺先に行ってるからよ」


 國光は、敦子を見つめる蓮治を見て、気を利かせて先に初蔵らの居るアパートへ戻った。


「びっくりしたわ、突然居なくなったと思ったら、また目の前に突然・・・・」

そう言うと敦子は、下を向いたまま黙った。


「ごめん、顔出そうと思ったんだけど、皆の手前もあって・・・、いや、ごめん」


蓮治と敦子は今時には珍しく、手さえも握らない関係で寄り添っていた。


「仕事でしばらく居るから、俺、・・・その・・・敦ッちゃんの事、帰ってからも思い出していたよ」


「・・・・私も・・・蓮治さんのこと、考えてたよ」


 二人は特に話もせず歩いた。蓮治は駄菓子屋を見つけると、ビンに詰まったラムネを買ってきて敦子に渡した。

敦子は、それを飲まずに、嬉しそうに両手に抱えていた。

アパートに着き、二人はお互いの部屋に入っていった。


——————————❄︎


この日、レッド・シューズでは、パーティーが模様されていた。

「、これは、これは、木嶋さん、良く来てくれました」


今日、山中は、一人で来ていた。先日一緒だった三人は、古美術品の買い付けの為に、香港に出向いたという事だった。


「いやぁ 儂等見たいな者が、山中さんのような偉い方と飲めるとは、光栄ですわ・・・なァ 國光!」


「はいィ 」


國光が調子っぱずれの声で返事を返した。


「今日は、赤い靴の、お嬢さんの誕生日パーティーでしてね・・・、先ずは、何か飲みましょう!」

山中は大きく腕を上げると「要点菜チュウモン」と叫んだ、するとちょび髭のウエイターが、血相を変えて、急ぎ足にやって来た。


少しして、注文の飲み物が運ばれてきた。山中はフロントを背にして座り、乾杯と言いながらグラスを片手に翳した。

木嶋も乾杯をしようとグラスを持ち上げた。


その時、グラスを持ち上げた向こうから、初蔵と蓮治の入店して来る姿が眼に入った。山中の背後から、こちらへと近付いて来たが、初蔵は、素知らぬ振りを装い通り過ぎた。


今日は、黒服の男がエスコートに立ち、初蔵らを従え席へと案内している。

そして席へ着くと、待ってましたとばかりに金髪のパーメラがやって来て、初蔵の隣に腰掛けた。

何処で待ち伏せていたのか、初蔵は驚いた。


「嬉しいわ、ほんとに来てくれて、特に今日は、私の誕生日なの。一緒にお祝いしてちょうだい」

 

女は、嬉しそうに、初蔵に擦り寄った。

 やはり初蔵には、女を虜にする魅力があるのだ。十歳以上違う若い女までもが、初蔵の魅力に参ってしまう。

 パーメラは肩まである金髪を揺らして、初蔵の腕にすがった。今日のパーメラは、膝小僧の見える明るいピンク色のワンピースを身に着けている。


 初蔵も、こんな格好で迫られて悪い気はしない。


「だからこんな、お遊戯会みたいな飾り付けしているのか・・・」


 蓮治がからかう様に言うと、

「実は、このお店は私の祖父が経営しているの、今日は私のために飾り付けて、祝ってくれているのよ」


初蔵は、パーメラの誕生日を祝いながら、木嶋たちの方に目を向けた。


木嶋は髪の毛を後ろ手に結わえた男と何やら楽しげにしている。その横では國光が、トランペットの演奏に聞き入っていた。


初蔵はその姿を、何気に眼で追って見ていた。

そこに先程、初蔵等を案内してきた黒服の男が、一人の老人を連れ、初蔵のテーブルへと近づいてきていた。


初蔵はそれに気づかずに、パーメラに駄々を捏ねられ、狼狽している。


その横では、蓮治が面白くなさそうに、頬杖をつき、バーボンを喉に流し込んでいた。


生演奏は中盤に差し掛かり、マンボの演奏が始まった。

鳴り響く音の中で、客はステップを踏み鳴らし踊っている。

ダンスホールはマンボのステップで賑わっていた。


黒服の男は、初蔵のいるテーブルの傍まで来ると、老人の男に小声で話し、その場を去ったいった。


残された老人の男は、杖をつく手を初蔵に向け近付いていった。


その時! 


パーメラと話していた初蔵は一瞬だが、凄まじい殺気を感じ、体中の毛穴が開いた。


恐ろしい殺気に、我に返った初蔵は、はッとして振り返り、そこに立ち竦む男の顔を見やった。


男は無表情に固く強張った表情のまま、初蔵の眼を針を刺すように、見開いた目で見つめていた。


それは、ほんの数秒の事だった。


一瞬、うるさい演奏の音も、人のざわめきも聞こえなくなり、初蔵は立ち眩みをしたような感じを受けた。


朧気おぼろげに、ざわめく音が耳に戻り、焦点が戻ると、殺気と思われた人物は、少し腰の曲がった小柄な年老いた男だった。


その男は初蔵が感じた恐ろしい殺気とは打って変わって、満面の笑みを浮かべて初蔵の傍に立っている。


你好晩上好ワンシャンハオ爺爺ヤヤ!」


 パーメラが老人に向かって言った。


 男は足取り危うくパーメラに近付くと、細く骨ばった手でパーメラの頭を撫でながら、

「孫が面倒を掛けております・・・。わたしは、この娘の祖父の藤田黄と申します。この店のオーナーでもあります。どうぞ好きなものを、何でも注文なさってください」

と、にこやかな笑みを絶やさず、初蔵に向かって、喋りかけた。


初蔵は男の皺だらけの笑顔に、先程感じた凄まじい殺気を忘れ、差し障りなく挨拶を交わした。


初老の男は孫のパーメラをよろしくと言うと、杖をつく手を震わせ危なげに、奥へと去っていった。


初蔵は、老人の去って行く後姿を、なぜか見えなくなるまで見届けていた。


その頃 初蔵から離れた席では、木嶋と國光が山中と二度目の乾杯をしていた。


藤田黄、叉の名を李崇黄りすうこう。李は数十年ぶりに、安齋と向かい合った。

部屋へと向かう李の顔には、既に笑顔はなく憎悪に満ちた表情で前を見据えていた。

だが李は、おかしな事を感じる想いを抱いていた。私を恐れ逃げていたはずの男が、私の顔を見て逃げるでもなく、平然と言葉を交わした。


李は戸惑った。何故だ? 何故安齋は平気で居られる、もう何年も経ち老人になったわたしの顔がきっと判らないのか、それとも判った上での態度か、そう思うと杖を持つ手に力が入った。


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