第二話 古美術商

初蔵と蓮治は、ほとんど話もせずに、演奏に合わせて踊る連中を眺めていた。


 演奏は、しばらくしてスローテンポに変わった。

すると、ホールから國光と踊っていた金髪の娘がやって来て、いきなり初蔵の隣に座ってきた。


 金髪女は目を輝かせて流暢な日本語で一緒に飲んでもいいかと初蔵の腕に自分の腕を絡めてきた。

それを見ていた蓮治は女の大胆な行動に驚いた。


 蓮治には女の免疫が無い、その為、商売女以外の女が積極的に振舞うのを見ると、唖然としてしまうのだ。

 初蔵は、相変わらずニヒルに表情を変えないが、内心は驚いていた。


「お譲ちゃん、おめえ、さっき他の男と踊っていただろうが、もう鞍替えか、浮気もんだな、お譲ちゃんは!」


 蓮治が横から体を乗り出して罵倒した。

 

根がまじめな蓮治はこういうコロコロと気持ちを変える女が嫌いだった。


「まあいいから蓮治、・・・おねえちゃんは名前なんていうんだい。日本語が上手いね、一緒に飲むかい」


 初蔵が言うと金髪女は嬉しそうな顔をして、傍にいたウエイターを呼びつけると、チェリーブランデーを注文した。


 少しして注文の飲み物が運ばれ三人の前に置かれた。

金髪女が乾杯と言いグラスの音をさせるとチェリーブランディーを一気に飲み干した。


「私の名前は、パーメラよヨロシク、私のパパが英国人でママは台湾の人。パパとママは戦争で死んだの・・・日本には爺爺と来たの、私が小さい頃よ、だから日本語は話せるわ。あなたの名前は」


「ん、俺か、俺の名は、安ざ・」


初蔵が名前を言い掛けようとした時、横から蓮治が、

「この人は安田実って人で俺の兄ちゃん・・・」


 危うく本名を言いそうになった《本名ではないが》初蔵に、あわてて蓮治が偽名を言った。殺し屋の探索に来ているのに、安齋の名前を出す事はまずいと思ったのだ。


 女がトイレに立ったとき、蓮治は初蔵に向かって安齋の名を出す事を戒めさせた。

 初蔵も無骨なものだから、こんな時には気転が利かない。


普段は頼りない蓮治だが、このような場面では蓮治の方が気転が利く。

 初蔵は、女を上手くあやしながら、尋ねた。


「最近、ある日本人を血眼になって探している中国人がいるらしいが・・・パー子ちゃんは何かしらないかい」


 聞いては見たが、そういった事は、何も知らない様子だった。

 

——————————❄︎


その頃木島は、隣の席に煙草の火を借りに立ち上がっていた。


「すんまへん、ちょいと火を貸してもらえまへんか」


 木島が隣のテーブルの男に煙草を咥えながら行くと、一人の銀縁メガネの四十代中ばほどの男が高そうなライターで火を点けてくれた。


「こりゃどうも。旦那方は赤靴ここには良く来よるんですかい?」


 木島が尋ねると、男は、二度目だが此処のオーナーに招待されて来ていると話した。

 さらに木島は、探るように尋ねた。


「間違ごうてたら済まへんな、お連れさんは、あちらの方ですかい、話し方が日本やない思いましたんでな」


「この人達は北京から来ました。私の有能な部下たちです。私の支店が北京にもありましてな、もっぱら北京は仕入れ専門ですが、そこで仕入れた美術品を日本の市場に運んでくるのが彼等の役目です。・・・あぁ、これは申し遅れた、私は古美術商をしておる山中貞次郎と申します。赤い靴は私が北京で大変世話になった恩人が経営しているのです。それで、日本に居るときは招待されるのですよ」


 男は、山中商会という古美術店を世界各地に支店を持っており、政財界から裏社会の人間までもの付き合いがあった。


「ほうでっか、いやあ、しかし儂も田舎から出て来て、初めて来たんやが、いい店ですわ、よかったら一緒に、飲んでもええやろか」


 木島は何か探り出そうと、図々しくも同席してしまった。


「儂、木島いいます。ほんでこいつが國光いいますねん」


「こんちは、・・・」


 國光は、見るからに愛想笑いを浮かべた。

國光がそんな作り笑いをすると、キツネ顔になる。


「おう、お若くていいですね」


山中が目を細めて言うと、木島がそれに返して貴方は自分と同じくらいかと尋ねた。


すると山中は、両手を開いてみせ困った顔をした。


山中は身成と風貌からすると、老けては見えるが、まだ三十代である。古美術商の仕事柄、随分と歳の離れた人物たちと付き合うせいか実際の歳よりも老けて見られることが多かった。


山中の風貌は、顔は痩せていて頬骨が出ている。

身体は華奢だ。細身の体に三つ揃いの背広を着込み、ワイシャツにはキチンとカウスボタンを締めている。長い髪の毛を後ろで結わえた風貌は、芸術家にも見える。


 木島が歳の事を詫びると・・・、


「いいんです、男は若く見られるより、歳より上に見られたほうが出世するといいますから・・・」


山中は気にする様子もなく、笑顔のまま、三人の中国人を一人ずつ紹介した。


你好ニイハオ范デス、請多願照ヨロシク」「你好、晩上好、羅デス」「你好・・・・」

すると部下の一人、イエンが拳を握り締めて語り始めた。


「ワタシタチモ、ニホンノカタタチト友達ニナレルトウレシイデス、戦争デノコトハスギタコト、コレカラハ友好的ニナルベキデス・・ソウデスヨネ先生」


山中は、部下から先生と呼ばれ慕われていた。

そんな山中は部下の肩を抱き、自分もそう思う。

そう言うと山中は、腕を高く上げウエイターを呼びつけると、木島と國光に好きなものを注文するよう進めた。

アルコールの酔いが廻ってきた山中は、木島に古美術の話をしだした。

木島も多少なりと古美術の知識があったおかげで、

話しを合わせることが出来た。


木島と山中は、しばしガレだ、雪舟だと話しに盛り上がっていた。 


その横では、鋭い眼つきで、辺りを警戒する國光の姿があった。


國光は、遊びに来ている一人一人の顔を観察した。


薄暗い店内の中、今日来ている客は、米兵と日本人のカップルの他に、米兵目当てに来ている娼婦や、ヤクザを気取った、どう見ても二十代そこそこにしか見えないチンピラや、年配では、50代から60代の羽振りのよさそうな男の客たちの姿が見えた。


特に、怪しく思える人物は見当たらなかった。


山中は、古美術の話に付け加えて、 仕事の関係でしばらくは日本にいる、その間は赤靴ここに時々顔を見せるのから、また一緒に飲みましょう と、木島と國光に向かっていった。


木島は、話の途中、何気なく地元での美津子が殺された事件の事を話して聞かせた。


 話した後、木島は山中の表情を見ていたが、何も知らない様子であった。


「兄貴、うちの大将やばくないですかね、もしも奴等が殺し屋の一味だったりしたら、近づき過ぎじゃ・・」


 蓮治は木島の恐れを知らない行動に、どぎまぎしていた。



「心配すんな、慶ちゃんはああいう場での立ち回りはうまいから大丈夫だろう。どれ、俺等は先に帰るとするか」

 初蔵と蓮治は立ち上がり、木島等のいるテーブルの傍を通り、気づかれないように木島に目配せをして通り過ぎた。

 


だがその時、交代のため現れた年配のフロントの黒服が、初蔵の顔を繁々と見ていることに初蔵は気づかずにいた。

 フロントを出ようとすると、パーメラが走り寄って来た。パーメラは初蔵に向かって叉来てと言ってバイバイと手を振って見送った。


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