第二章 李の指令

第一話 赤い靴


「ニイハオ・ワンシャンハオ・ジンティエン・ジィエンダオニイ・ウォヘンガオシン!」

 チャイニーズ語の掛け声につられ、照明が絞られ真っ暗になった。

「ハーイ、今宵飛びっきりにめかし込んだ貴方、今宵の相手を探すあなた、紳士淑女のあなたに贈るワンナイトショー」

 司会らしい男がマイクに叫んだ。

派手色のスーツを着た伊達な男は、舞台に立ちカーテンの袖に向かい合図を送る。

合図と供にドラムの音が鳴り響き、演奏が始まった。

 

戦時中は、敵国アメリカの文化が規制されていた。そのため終戦を迎えると、間もなく日本の歓楽街では、一気にアメリカ色を出したダンスクラブやバーが続々と顔を出し始めていた

 ここダンスバー・レッドシューズも米兵の溜まり場となり、その米兵を目当てにる

日本の女供がっていた。



レッドシューズは横浜中華街にある料理店のビルの地下にあった。

薄暗く狭い地下に続く階段を下りて行くと、ど派手な扉が目に飛び込んでくる。白地に赤に青にそして星のデザインをしたアメリカの星条旗に色塗られた扉を開けると、狭い階段とは打って変わって目の前には大ホールが広がって見えた。

中華街の周りはチャイニーズ一色なのだが此処だけはのいでたちをしていた。

それはレッド・シューズのオーナー李崇黄が1929年アメリカシカゴを中心に勢力を張ったアルカポネと同盟を結んでいた為だった。カポネが死んだ今でも、カポネ一味との付き合いは今でも続いている。そういった経緯から米兵の憩いの場としてレッド・シューズを経営していた。

 アルカポネは1929年の禁酒法の時代に密酒のほかにコカインをも捌いていた。

李は、そのコカインの元になるケシの花を栽培していた。李はカポネと知り合う前、ミャンマーの静かな農家でケシの花の栽培をして生計を立てていた。コカインはケシの花の実から溢れ出る白い液体からアヘンが出来る。アヘン→モルヒネ→コカインと行程を経て出来上がるのだ。はじめ李は羅南製薬工場からアヘンをチャイニーズマフィアへ流してい

たのだが、李は、あるきっかけでカポネと知り合いコカインの製造を薦められる。まだ若

かった李は金に動かされカポネとコカインを通じて同盟を結んだのだ。

「いっやあ、派手なやな、なんやこないなど派手な場所は始めてや」

 


木島は田舎者丸出しで、素っ頓狂な声を張り上げていた。

 一緒に連れられて来た國光は若いだけあって、この雰囲気には、すぐに溶け込んでしまった。既に金髪女相手に踊っていた。

 金髪女は二十、一二歳ほどの外国人の割りに案外と小柄な娘だ。

 國光は女の腰を取り、腰をクネクネさせながらステップを踏んでいた。

「ヘイ、ヘイ、お姐ちゃんダンス上手ね、イェイ、イェイ」 

 水を得たような國光を恨めしそうに眺めていた木島だが、木島はおどけ呆ける國光を尻目に、東洋人の溜まっているテーブルを見つけるとその隣の席に座った。

間もなく、ウエイターがやって来て注文を聞いて来た。

木島は、ウィスキーを注文したが、料金が先払いと聞いてムッとした顔をして金を渡してやるとウエイターは唇を歪めて笑って立ち去った。ウエイターは片言の日本語だった。

 木島は、しばしばウイスキーに口をつけながら、黙って國光と金髪女の踊る姿を眺めていた。

 一時間ほどした頃、少し小太りした蓮治とサングラスを着け、生成り色の背広を着た初

蔵の姿が現れた。

 初蔵は踊る國光の姿を横目に、客のいるテーブルを縫うように歩いていた。 その初蔵の後ろを付いてきていた蓮治が金髪女と踊る國光の姿見て、一瞬恨めしそうな



顔をしてダンスホールを横切っていった。

初蔵等二人は、ステージの近くまで進み出たところで木島の姿を見つけると、素知らぬ顔を装い、木島のいるテーブルから一つテーブルを挟み、斜め後ろに席をとった。

 演奏は止むことなく、音高々に鳴り響く。初蔵は楽器の音を我慢しながら、ゆっくりと辺りを見廻した。

 ホールは、見渡す限りビルの地下フロアー全部がクラブになっているようだ。初蔵の座る位置から真っ赤なベンチシートに英国風のテーブルが七つ、フロアーに八つ、左にバーカウンター、フロアーを挟んで正面に演奏ステージがある。

 ウエイターが初蔵等のテーブルに注文を伺いにやって来た。

 酒が飲めない初蔵は雰囲気のためとマルガリータを頼んだ。蓮治はバーボンのワイルドターキーにした。

 注文を聞き終わったウエイーターが初蔵の元にき耳元に近付くと、サングラスは外して欲しいと言って来た。

 初蔵は素直にサングラスを外した。

 ちょび髭の小柄なウエイターは「シェイシェイ」とお辞儀をすると立ち去った。

「兄貴、すげえですね外人ばっかしじゃないですか、おいら初めてですよ、こんなに外人見たのは」

 


蓮治が顔を蒸気させて初蔵の耳元で言った。

 初蔵にしてもこんな大勢の外国人は始めて見る。好奇の目で見ていた。

 演奏は相変わらず激しく鳴っている。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る