第六話 隠された過去


安齋俊が、初蔵を影武者に仕立てたのは、実は政治家になるのが目的というのは立前で、本当の真の目的と言うのは、別にあった。

安齋の真の目的は、中国マフィアから身を隠す事であった。

昭和十六年六月、安齋は二十七歳の時、珈琲農園で一旗上げようとブラジルに渡る為、漁船に乗り込んだ。しかし、漁船は大きな時化に遭い、漁船は大破し安齋は海に放り出された。その時、通りかかった中国マフィアのボス李嵩黄を乗せた密輸船が通りかかり、砕けた船の残骸にしがみつき漂流していた安齋を助け上げたのだ。そうして中国マフィアのボス周と知り合い、中国に三年ほど身を置き仕事を手伝っていた事があった。その時、中国マフィアの資金源にしていたコカインを勝手に持ち出し売りさばき、金に替え、日本に舞い戻り、その金で今の安齋興業を立ち上げたと言う訳だ。

 当然、コカインと一緒に消えた安齋を中国マフィアが放って置くわけが無い、中国マフィアのボス李は手下に裏切り者安齋を殺すよう命じた。 安齋はコカインを持ち逃げする前に、マフィアの仲間にイタリアに渡って見たいとよく喋っていた。後でその事を手下から聞いたボスはイタリアへと殺し屋を送った。躍起になって探した事だろう。安齋は命拾いした。

しかし中国マフィアの組織力はることが出来ない。内心いつ襲われるかと夜もろくに眠れなかった。

 そんな頃に、パーティーの席で木島と出会い、初蔵の事を知らされた。そこで安齋は、初蔵を替え玉にして、自分は別人に成りすます、しかも、隠れるのではなく堂々と、しかも政治の世界に入り、国会、日本政府の中に身を隠すという事を考え付いたのだ。

 


夕方、木島ら三人は磯野部に連れられ新橋に用意したアパートに着いた。

 そこは、宗和会襲撃の際に住んでいたアパート福寿荘だった。福寿荘は、交通の便が良くないのと、変人が住んでいるという噂で借り手が居なかったらしい。

アパートに着くと木島が一緒に飲もうと磯野部を誘ったが、磯野部は初蔵に呼ばれていると言ってすぐに帰った。

「なんや、見覚えのある家やな」木島が言うと、

國光が、隣の表札を見て蓮治の胸を肘で小突いた。表札には桜井となっていた。



部屋の隣には蓮治が密かに想いを寄せた桜井敦子が住んでいた。

「何だよ、うるせえな」

「何んですか!」

「二人とも何しとるんや」

ふざけ合う二人に木島が、頭に拳骨を浴びせ静かにと言い部屋の中へと促した。

 部屋の中に入ると既に生活に必要なものは揃えてあった。 「ええか、お前等これからは今までのような訳にはいかんど、なんせ奴等姿も見せんし、

挑発してくる訳でも無し、下手な事できんでぇ! いずれにしろが生きてるっちゅ

う事が知れれば奴ら必ず動きよる」

 木島は今までにもだいぶ危険な端を渡ってきたが、これほどまでに得体の知れない、いいようのないを感じたのは初めての事だった。それだけに二人には慎重に行動するよう、いい含めたのだった。

 翌朝、人の気配に恐る恐る目を開けてみると、しゃがみ込む初蔵の顔がこちらを覗き込んでいた。木島は目の前の初蔵の顔に驚き、ギョッとして目を覚ました。

「びっくりしたわ、なんや初ちゃんどうやって入ってきたん」

 初蔵は、万能カギを見せて、

「これや」



「んもう、こそ泥みたいたいな事やめや」

 木島は、あんまり驚いたんで少し不機嫌になっていた。

 二人の声に、蓮治と國光が起き出してきた。

「兄貴、おはようございます」

 蓮治が行儀良く朝の挨拶をした。

「ふあーあっあ、早いっすね兄貴」

「國光!お前もちゃんと挨拶しねえか、もうこいつは俺等だけん時は兄貴でもいいけど、会社の中や事務所ではちゃんと社長と呼ぶんだぞ、ほんといつまでもガキみてえに」

「なっ、ガキじゃと、コラ!」

 言うか言わないうちに國光が蓮治に組み付いた。

「これこれ、朝っぱらから、二人とも止めろ」

 初蔵は二人の襟首を掴み引き離した。

「ところで今日から、敵かもしれん中華街へ乗り込むわけだが、皆一緒では感づかれる、そこでアパートや事務所以外では、他人を装う。いいか、これからは二人一組で行動してもらう。ただし、行く先は同じだ。お互い危険を察知したなら何か手段をとって知らせる事。またすぐに援護できるよにしておく事だ」

 初蔵はそう言い包めると、計画について語った。

 


そして翌日から、初蔵を襲った中国人と見られる少年探しが始まった。

 午後、木島と國光が組みアパートを出た。その一時間遅れで初蔵と蓮治が中華街へと向

かった。

 木島らがアジトにしている福寿荘は新橋だ、ここから横浜までは遠過ぎる二組に分かれた木島と初蔵らは安齋興業の名義で借り出した自動車を走らせた。

 初蔵等の乗った車はクリーム色のシボレーだ。運転は蓮治がハンドルを握った。

「兄貴、五郎はどうしたんです、昨日の話では協力させると言ってましたけど」

 蓮治が初蔵に尋ねた。

 助手席に座る初蔵は、背広のポケットからゴールデンバットを取り出し、煙草に火を点けた。一口吸うと、

「五郎は狩野と組ませた。もう中華街で皿洗いでもやっている頃だろうだろうよ」

「狩野ってあの大人しそうに事務所の隅にいた若造ですか?」

 蓮治にそう聞かれた初蔵は、突然笑った。

「狩野か、奴は大人しくなんかねえぞ、突っ張っているくらいだ。この俺に対してもな」

 初蔵は狩野と初めて出会った時の事を蓮治に聞かせると、蓮治は初蔵が安齋だと知ったときの狩野の豹変振りに腹を抱えて笑った。

 初蔵等は中華街の端っこから、客を装っては虱潰しに歩いた。中華街は飲食店が多いた



め食べることが多かった。

「兄貴、もう中華は飽きましたよ。今度は夜に出てきませんか」

 蓮治は、ワンタンメンを食べる手を止め顔をめて言った。

 その傍ら、他人を装いラーメンをすする木島と國光の姿が会った。木島と國光も同じように食いたくなさそうにラーメンを箸で突付いていた。

何日か立った夜の福寿草では、中華街で働く狩野と五郎を待っていた。

初蔵は、週に一度日曜の夜に福寿草に集まるよう皆に話していた。

 


午後十時を廻った頃、狩野と五郎がやって来た。

 狩野と五郎は、という小さな中華飯店の住み込み店員として働いていた。

 の定休日が都合よく月曜日になっていた。そのおかげで二人は遊びに出かけると称して寮を抜け出してきたのだ。

 白衣の上にジャンパーにマフラーを着込んだ狩野と五郎が、頬を冷たくさせ部屋に入ってきた。横浜からバイクを飛ばして来たという。

 初蔵がコタツに入るよう促すと、狩野と五郎は寒さを凌ぐように肩まで潜った。



「どうや、仕事の方は慣れたか・・・、で、なんか判ったか」

 木島がせっつく様に二人に向かっていった。 

狩野は厨房で皿洗いをしながら、調理長のオーナーから情報を集め、言葉の分かる五郎が店先で料理を客に出しながら、堅気に見えなそうな客から何とわなしに情報を集めていた。

二人の話によると、中華街にありながら一角だけアメリカ色の強い、中華街には不釣合いな店があるという。しかもそこには中国系の筋者や進駐軍の米兵たちが出入りするダンスバーがあり、店員の黒服を着た男は銃を所持し最悪の場合に備えているという。しかも客は入場の際に銃など持っていないか、ボディーチェックを受ける。

 それを聞いた初蔵と木島が顔を見合わせた。


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