第四話 生還
その頃、安齋組事務所では
宗和会壊滅の際、組の人間が何人か犠牲になった。体制を立て直すため安齋組もニューフェイスを募集することになり、新人を何名か組員の見習として入れた。
安齋俊こと勝田初蔵が行方不明になってからは磯野部が組みの取りまとめをしていた。そして頭の切れる日向が安齋興業の社長の代行を務めていた。
磯野部と日向のコンビはなかなか息が合い、たいした揉め事もなく過ぎていた。
今のご時世にヤクザなんかに成りたがる被れ者も少ないのが現実だ。だが今回は状況が違った。
宗和会襲撃は、事件として新聞の一面を飾った。安齋組は世の中に知れ渡り、全国の不良どもが我も我もと後を立たぬほど募集へ集まってきたのだ。
今日も威勢のいい一人の若者が新人見習として入ってきた。
若者の名は松井五郎、二十一になったばかりだ。浅黒の顔のほっそりした身体つきをしている。
この若者、見た目にはどこにでもいる
若者には、朝鮮族と日本人の血が流れていたのだ。
「よろしく」
若者が小首を振るように挨拶をした。
それに答えるように古参ヤクザが挨拶を交わした。
「おう、よろしくな」「がんばれよ、若者」「まっ、がんばって」
「まぁまぁ挨拶はその辺で、狩野、おまえ五郎連れて歌舞伎町案内して来い!」
磯野部は抗争の後すぐに参入した狩野に指図した。
狩野も新宿を根城に悪さをしていた不良だったが、宗和会での活躍を聞き、自分も男になろうと安齋組の門を叩いたのだ。
「えっ、俺ですか」
「お前が、一番歳近いんだから・・・おっ、丁度いい狩野おまえ今日から五郎の面倒見てくれや」
「えっ、俺ですか」
「ごちゃごちゃ言ってねえで、早く行け!」
「はっ、はい!」
磯野部も面倒くさくなると、やはりヤクザ、短気が出てしまう。
だがこの子らがかわいいのだ。この若者らを見ていると日向と組んでやんちゃをしていた頃が想い出される。
狩野は、松井五郎を連れ出し歌舞伎町へと向かった。
街はもう既に冬模様に彩られている、年々クリスマスの飾り付けが鮮やだ。道行く人々も寒さを凌ぐ為厚手のコートを着ている。
二人もオーバーコートを羽織り、白のマフラーを粋に首から下げていた。
「俺、狩野仁よろしくな、わかんねえ事あったらなんでも聞いてよ、じゃ、ハヤブサって名で通ってるから、喧嘩っ早いんで、ハヤブサ、皆そう呼んでいる。ここいらでおにまく奴がいたら俺の名前だしな・・・あ、で、五郎だっけ、五郎は生まれ何処よ」
狩野は、一人で喋っている事に気づき、慌てて、松井五郎に問いかけた。
「新潟です・・・・」
「ふーん、新潟か、雪すげえ降るんだろ」
「・・・新潟は小せえ頃しか居なかったから、あんまり覚えてねえよ」
松井五郎は、あまり愛想がなく答えた。
狩野と五郎は他愛もない会話をしながら歩く。時折、昔の仲間なのだろう、親しげに声を掛けてくる者も居た。
狩野は、安齋組の内にある飲み屋、サラ金業者、と行く先々に店先の前に立ち、その店のオーナーのことや従業員の実権を握っている奴のこととかを五郎にいちいち説明をして歩いていた。
七件目を案内し終わった頃、五郎が小便がしたいと言い出した。狩野がその辺の路地で
しろと言うと五郎はそば屋とスナックの路地に消えていった。
「ちぇっ」と、狩野は五郎の後姿に舌打ちをしながら、オーバーコートのポケットから煙草を取り出した。
雪が降っている上に今日は風もある、なかなか火がつかない。マッチの火はすぐ消えてしまう。狩野は両手で風を遮るがなかなか点火しない。
狩野はなかなか火が点かない事にいらつき始めた。
すると横からジッポの燃えるような炎が出てきた。狩野は何も思わず煙草に火をつける。
4
煙が目に沁みた。目を細め顔を上げてみると、そこにはトレンチコートを着た、見慣れぬ男が立っていた。
男は穏やかな顔をして笑みを浮かべ、狩野を見つめている。
その男は初蔵だった! だが狩野は組に入ったばかりで初蔵の顔はまだ知らない。
怪我の癒えた初蔵は無事な姿を早く見せようと、安齋事務所へ向かう途中だった。
その時、狩野と五郎の傍を通り掛かり、二人の会話が聞こえてきた。すぐに安齋の人間と分り近づいたのだ。
少しして五郎が用を足して戻って来た。
狩野は火を点けてもらって〈どうも〉と言ったが、笑みを浮かべ見つめている男を怪訝に何だと思った。
「何すか?」
すぐに立ち去ろうとしない男に、狩野は眉根に皺を寄せた。
「君は安齋組の若い衆かい?」
「 !」
「なんじゃあ、おっさん!」
狩野は何者だと、言わんばかりに敵意を剥き出し、肩を怒らせて見せた。
「いや、怪しいもんじゃない、に世話になったことがあってね、久しぶりに訊ねてきたんだ」
狩野は、安心したように眉根から皺が取れた。
「なんだ!そいじゃあ、もう帰るとこだから案内するよ」
狩野は、五郎とトレンチコートの男を従え颯爽と先頭を歩く、ポケットに手を深く突っ込み肩を怒らせ、右を見たり左を見たり落ち着き無く歩く。
歌舞伎町に差し掛かり歩き出すと飲み屋の連中が皆こちらを向いて頭を垂れた。狩野は安齋組の世話になってまだ日が浅いが、狩野様に挨拶しているのだと、得意になり足取りも軽やかになった。
事務所の入り口に着くと、狩野は安齋興業の裏門、安齋組の入り口番を張っていた兄貴分に挨拶を交わし、トレンチの男を紹介した。
兄貴分は誰だという様に狩野のほうに近づいた。
「あれ、おっさん名前は」
名前を聞くのを忘れていた狩野は男に尋ねた。
「いや、名乗るほどの者でも・・・・」
話す男の顔をジッと見ていた兄貴分の目が大きく見開かれた。
「あっあの・・ちっちょっと待っててください!」
兄貴分は狩野を突き飛ばし、泡を食うように磯野部のいる事務所へと走り去っていった。
「何だ兄貴ってば、お化けでも見たような顔して、おまけに俺らのこと突き飛ばしていってよ」
狩野は突き飛ばされたことに、膨れっ面をしながらも、兄貴分の行動には気にもせず、五郎とトレンチコートの男を事務所に連れて行こうとした。
すると血相を変えた組長代行の磯野部が現れ、恐る恐る初蔵に近づき、トレンチコートの男の前にひざまずく様に、
「よかった・・・・生きてたんですね」
と、絶句し男の膝にすがる磯野部を見て、狩野は驚いた。
その横で新人の五郎は訳が判らず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
狩野は横に居る兄貴分に、何者かを尋ねた。
兄貴分の口から、が安齋俊だと聞かされると、狩野は口をパクつかせ頭の中が真っ白になってしまった。
勝田初蔵が安齋興業の社長、その裏の顔は安齋組組長、安齋俊の影武者と知る者は磯野部と日向、そして一部の幹部の他は誰も知らない。
安齋こと初蔵は、半年ぶりに帰ってきたのだ。実際のところ生きている確証は無かっ
た。それだけに驚きは声にもならなかった。
「心配掛けたな。」
初蔵は両手で磯野部の肩を掴み言った。
傍には、の人間が迎えに出てきていた。そして知らせを受けた日向も迎えにやって来た。
「良くご無事で・・・」
日向も初蔵の無事な姿を見て安堵した。
振り向くと、
皆、口を揃え、初蔵の復帰を合唱しあった。
その時、路上に止まった黒塗りの高級外車から初蔵の姿をジッと見ている人間が居ることに、誰も気がつかなかった
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