第二話 蓮治の怒り

「あほっ、ええ加減にせんか」

 木島が爪切りをする手を止め、怒鳴った。 

さっきまでトランプを摘み和気あいあいとポーカーに講じていた國光と蓮治だったが、突然トランプを放り投げ胸倉を掴み合い唾を飛ばしていた。


「この野郎、いかさまやりやがって、卑怯なんだよ、このっ提灯ハゲっ」


 先程まで、にこやかな顔をしていた國光が、蓮治に向かって怒鳴り散らした。


「なっ、てっ、てめー言っていいことと悪いことがあんだぞ」 


「あーもういいや、やめたやめた」


國光が頭を掻きながら、トランプを拾い集め、椅子にドサッと腰掛け、そのトランプを机の上に置き、煙草を吸おうとした。


「あれっ、ちっ、切れてやが.る。蓮治さーん煙草恵んで」


 甘えるように言ってみた。


「ねーよ」


「そんな、冷たくしないでさ」


「俺も切れちまったんよ」


「ちぇ、しょうがねえ買ってくるか」 


「俺、買ってこようか?」


 蓮治が悪いと思ったのか、國光に猫なで声に言った。


「なんだよ、気持ちわりいな、いいよいいよ頭冷やしながら行って来るから」


 ドアを開け國光が出て行く!

外はめっきり冷え込み、ちらちらと雪が舞っていた。

 

宗和会を壊滅した後、木嶋を初め木嶋組一同は、死者は勿論のこと深手を負うものもなく、填巻市の事務所に戻ることができた。


「 なぁ蓮治、どないしとるやろか、ほんまに死んだんやろか」


 木嶋が天井を仰ぎ遠い目をした。

木嶋の顔は鰓が張り厳つく見える、しかし初蔵が消えてからというものすっかり削げ落ち迫力に欠けて見える。

 初蔵が行方不明になって三ヶ月も過ぎようとしていた。

当時、美津子の葬儀の後、約束をしていた藤井玲子は初蔵がなかなか現れないことから不信に思い、社長室へ連絡をとって見たが初蔵は不在だった。


普段の初蔵は無口で気の回らないように思えるが、約束事を破るようなことはしなかった。

玲子と待ち合わせでどうしても行けない時でも必ず連絡を入れていた。


玲子は、方々連絡を入れて見たが、思い当たる場所にはどこにも居らず、玲子は、まだ地元に戻らず安齋事務所にいた木嶋へ連絡することとなった。

 安齋組は藤井玲子の知らせにより、初蔵の身の上が明るみになった。 

連絡を受けた木嶋は、すぐさま、安齋組の幹部、磯野部らと組員を動員し初蔵の歩いたと思える道筋を手分けをして方々探した。


 しばらくすると、聞き込みをしていた一人の組員が息を切らし、目を吊り上げて報告にやってきた。初蔵らしい男を見たという若いカップルを連れていた。カップルの話では、その夜、傘も差さずコートを着た男が川沿いを歩いていたということだった。

 初蔵に違いない、そう思った木島は、組員全員を総動員させ川沿いを聞き込みをしながら虱潰しに歩いた。

 橋の欄干に差し掛かると組員の叫ぶ声が聞こえた。

 木島らが走り寄ると、橋の欄干の手摺と地べたに血糊がまだ残っていた。

欄干に血の跡があることから、初蔵は恐らく何者かにわれ川に落ちたのだと木島は推測した。


木島は、組員と人足を伴い川の底はもとより、その周辺を徹底的に探した。が初蔵の姿は見つからなかった。


「生きてますよ。きっと、いや生きてる。そんな柔な人じゃないっすよ、兄貴は」


 蓮治は下をうつむき、拳を握りしめた。

「なぁ蓮治、なんやおかしいと思わんか、なんで黒猫のママが殺されり、初蔵が刺されたり・・・」


「あれは、客の横恋慕ちゅう話で解決したんじゃ?」


「あほぅ、そんな話を間に受けてたんか、あんなもん、はよう蹴り付けようとがでっち上げたんや、儂もおかしい思って調べさしたんや、そしたらあん男、黒猫に一回こっきり来ただけいう話や、・・・おかしいと思わんか」


「したら宗和会の報復ですか、でも奴ら住石連合に監視されてますから、下手なことできませんし・・・いったい誰が・・・・」 


「うー、寒みい寒みい、ただいまー、蓮ちゃんにも買ってきたよん」

 そこに陽気な声で蓮治が帰ってきた。

「何や、遅かったやないか、れたんやないか思ったで」

「すんません、売ってなくて・・・」


「ほいっ・・・どうしたんです、二人して難しい顔して?」

 國光は、タバコを咥えながら神妙な顔をした蓮治に向かって、陽気な声のまま訊ねた。

「いや、初蔵の兄貴が誰に襲われたのかって話してたのさ、國光も変だと思わないか?」

「あぁ・・・んーそうは思うけど、どうにもできないっちゃ、もう三ヶ月も過ぎてるし・・・もしか山の奥にでも埋められていたりしたらもう全然わかないべさ」

 あっけらかんと答えながら、國光は両手を上にかざす様にして首を振って見せた。まるで初蔵のことは忘れた。どうでもいいと言ったようだった。

蓮治の体が動いた。


と同時に、國光の体が宙に浮き、床に這いつくばった。

 起き上がり顔を上げると、拳を握り締めた険しい顔の蓮治が立ち尽くしていた。


「國光、おめぇー、いくらなんでもそんな言い方があるかよ」


 今にも泣き出しそうな蓮治は、そう言い傍にしゃがみ込み、倒れてる國光の顔を両手で挟んだ。そして拳を当てた唇の血を手の平で拭きぬぐった。

 小さい頃から気が弱く、それが切っ掛けで世界に入った。そして初蔵に出会った。初蔵はそんな蓮治を厳しくそして大きな包容力で男らしく生きる力を与えてくれたのだ。その初蔵が死んでたまるか!そんな想いが混み上げていた。


「ごめんな蓮ちゃん・・・・、俺も・・言い過ぎたよ・・・・・。でも、きっと生きてるさ」


 黙って二人のやり取りを聞いていた木島が、恐ろしく笑顔で立ち上がった。

「よっしゃ、今日は久しぶりに飲みに行こか、なぁ蓮治、國光」

 二人は顔を見合わせた。

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