📘苦労歴史救済の書📘

　闇黒記憶反芻（クロレキシ）に悩む、見習い苦労惑憂子（くろうまどうし）の読者諸賢（しょけん）へ、これを捧ぐ。

　というのは、私はここで、老婆心（ろうばしん）、いや老眞導心（ろうまどうしん）ながら、闇黒記憶反芻（クロレキシ）をいかに前向きに捉え、いかに乗り越えるかを、その評価・見方の転換という点から、提供しようと思う、というわけである。

　まず、失敗例から示そう。大胆にも、忌憚（きたん）なく。

　例えば、闇黒記憶反芻（クロレキシ）滅却の手法として、次のような陳腐万擦（ちんぷまんさつ）（※私的造語だが下ネタではない）された、且（か）つ効能薄弱（こうのうはくじゃく）の極度単純化表現がある。

　壱（いち）、住めば都。

　弐（に）、雲外蒼天（うんがいそうてん）。

　　

　やや具体的換言をすれば、

　壱、辛苦（しんく）の境遇も、慣れれば極上の我が家。

　弐、暗雲（あんうん）出れば、青白光線（あおじろこうせん）の宏漠（こうばく）を舞う。

　

　とでも言えようか。

　それらは確かに洗練され、体裁よく、響きも込められし意味も悪くなく、魅力的な言葉であるが、酷く言葉足らずである。

　つまりはどうして『辛苦に慣れ』ようか？　どうして『闇が青白（あおじら）む』か？　といった点が、欠落しているのだ。

　また、それらの美辞麗句によって私自身、救われたという気がしたことはない。ので、尚更、代案を考えたいのだ。

　というのはあまりに国語の先人（せんじん）をdisり過ぎ且つ大言壮語（たいげんそうご）的で、これから繰り出す言葉の紡（つむ）ぎのハードルを、巨人専用のそれレベルに上げているのだが、その演出はある種の『スパイス』として、お楽しみいただきたい。

　

　では、ここでようやっと、私なりの闇黒記憶反芻（クロレキシ）昇華（しょうか）方法をば。

　——人生とは、夢と、夢を浮き彫り引き立てる脇役の共存せし、大いなる一枚塡め絵（ジグソーパズル）である。

　極度単純化すれば、『人生はパズル』。

　

　それはどういう意味か。

　📖📖📖

　ジグソーパズルには、多くの場合、主役となる客体（きゃくたい）がある。

　客体は、向日葵（ひまわり）だとか、睡蓮（すいれん）だとか、耳飾（みみかざ）りの女性だとか、様々にあるだろうが、兎（と）に角（かく）、主体たる鑑賞者の眼光の焦点（スポット）のあたりがちな、とっておきの構成要素である。

　では、その主役的存在、とっておきの存在を印刷してあるパズルのピースを除く、一見なんでもない、背景（はいけい）に過ぎなそうなそ（・）の（・）他（・）のピースは、果たして不必要、だろうか？

　いいや、違うだろう。

　客体のパズルピースのみで出来上がったパズルを、早速（さっそく）、が（・）ん（・）ば（・）っ（・）て（・）壁に掛（か）けんと立（・）て（・）て（・）ごらんなさい。

　するとどうだろう。

　スルスルスルと、ガラガラガラと、バラバラバラと、さっきまで客体を成していたパズルのピースたちは、無惨（むざん）にも瓦解（がかい）する。

　しかしきちんと忍耐をもって、パズルを最後のひとかけまで、背景のピースも合わせて塡（は）め込み、ゆっくりと、傾けてごらんなさい。

　ほら、簡単には、崩れ落ちないだろう。

　ピースとピースの凸凹（でこぼこ）が、四方にかっちりと、手を固く繋いでいる。

　それだけではない。

　背景のピースなしで、客体はどのように、見えるだろう。

　味気ない、だろう？

　映（は）えない、だろう？

　もの寂しい、だろう？

　そもそも、客体であると思っていたものが真の主役ではなく、不在の、背景であると思っていたものが、パズルの本質を多分に含有していた、そちらが主役である可能性、すらある。

　なんなら、背景のピース全てとは言わずに、背景のピースた（・）っ（・）た（・）一（・）つ（・）だけを屑籠（くずかご）へ捨てて、パズルを組み立ててみてはどうだろう。

　残りたったの一ピースで完成なのに、どうしてもそれが見つからない、紛失してしまったパズルは、どのように見える？

　穴がある。

　たったの一ピースを欠いたパズルの不完全〇・九九枚絵は、不細工（ぶさいく）である。

　やはり、一〇〇ピースパズルの九九枚状態（クライマックス）に、最後の一枚を塡（は）めて、ごらんなさい。

　そうしてパズルの究極完成形を眺（なが）めた時に、客体ではないなんでもない部分と思い込んでいた箇所に、かけがえのない人生のピースたちを、無限個数、個々に、認識するのである。

　すなわち、あなたの人生の総体は、闇黒記憶反芻（クロレキシ）の上に——

　いや、上や下はない——

　人生の酸（す）いも甘いもは、同じ一枚絵の中で——

　——共（コ）生（リヴ）している。

　個々の歴史は、分節できず、孤（コ）立（リツ）もしていないのだ。

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　本論序盤、私は二（・）つの先人の麗句（れいく）を否定したので、最低限の礼儀として、私もまた、二句目（セカンドオピニオン）を示そう。　

　あなたが物質的に生きるのは、確かに『今この瞬間』ではあるが、あなたの存在を時空を俯瞰（ふかん）する精神世界へと拡大展開すれば、あなたは、過去（おそらく）数十年の映画（ネガ）フィルムの無数円滑（むすうえんかつ）の連続写真（じんせい）の中を、感熱写真紙（チェキ）の余熱的に今（・）も（・）生きて（・）い（・）る（・）、とも言える。

　つまりは現在過去未来などと時間的区切りをつけねば物事を捉えられぬ四次元時空間（ていじげん）思考、ではなく、次元段階を一つ以上上げてやればわかるはずだが、全ては連続階調（グラデーション）のひと繋（つな）がりである。そしてフィルムの一巻（ひとま）きの中から気に入らないシーンを切り取って形の上だけ白紙にしたところで、映画の上映は、映像が白飛びして興醒（きょうざ）め、台無しになるのである。

　連続写真（じんせい）は玉石混交（ぎょくせきこんこう）だが、どこ切っても切り捨てられないのであり、切れ込みを入れることさえも、許されないのである。

　もっとも、切り取り貼り付けで編集されてしまえば、もはやその人生は、人造人間や遺伝子操作合成獣（キマイラ）の研究開発日誌になってしまう。

　また、人生は波動にも準（なぞ）えることができる。

　陰（-）の振幅（しんぷく）の深淵（アビス）があるから、陽（+）振幅の高波（ウェイヴ）があるのである。

　上下左右に弾（はじ）かれないせいで、震（ふる）えぬ、また音もせぬ琴線（きんせん）は、錆（さ）び、朽（く）ち、廃（すた）れるのみである。

　このあたりで……

　闇黒記憶反芻（クロレキシ）に悩む、見習い苦労惑憂子（くろうまどうし）の読者諸賢（しょけん）。

　闇黒記憶反芻（クロレキシ）は、肯定されただろうか？

　まだ、不安だろうか？

　では、念入りに、追撃（ついげき）をブチかまそうではないか。

　光は……

　闇の中で、煌（きら）めくのだ。

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