第10話 左遷

 帝国にとって、起死回生の一手であった飛行船特攻作戦は失敗に終わった。

 否・・・王都爆撃は成功したのだから、本来ならば、作戦に関わった者達は戦果を称えられるべきだった。

 だが、迎撃に上がったのが、王国の姫で・・・飛行船は撃墜・・・エースパイロットとは互角に戦った。これだけで、当初の目論見が完全に奪われた。

 この作戦の意図は戦果よりも心理的な部分が大事であった。

 敵の王都を爆撃した。

 この戦果のみで自国民を喜ばせ、自国兵を鼓舞する。

 仮に飛行船が撃墜されても、困難な作戦故の尊い死で終わるはずだった。

 全てが王国に持って行かれたのだ。

 帝王は怒り狂った。

 作戦を立案した陸軍大臣は職を解かれた。

 作戦に従事した多くの臣下達も左遷された。

 その一人がドット大佐だ。

 彼は元の飛行隊に戻る事は許されず、飛行学校の教官となった。

 すでに40歳を超える年齢ながら、エースパイロットとして長年、最前線に君臨してきた男が、今更、一介の教官である。

 明らかな左遷だった。

 帝国の飛行士なら誰もが知る男がまだ、空にも上がった事の無い飛行士見習いの前に立った。

 年齢は徴兵年齢の16歳の少年達が憧れの眼差しでドットを見た。

 ドットは左遷された事を悔やんではいない。

 確かにあの夜に戦った赤い機体とはもう一度、戦いとは思っている。

 悔しさはあるが、左遷された事などどうでもよかった。

 幾度か、指揮官として、地上に残って欲しいと請願された事はある。

 だが、空が好きだった。

 空で戦い続ける事が自分の本分だと思っていた。

 あの夜。それは奪われた。

 あの赤い機体・・・夜に空に上がると言うだけで、死を意味する。

 それでも上がってきた。そして、立派に戦った。

 乗っていたのが姫様だと言うのは本当に驚いたが、あの戦いぶりは今の帝国で量産されるエースパイロットよりも遥かに技量は上だった。

 もう一度戦いたい。

 機体が最新鋭ならば、燃料の心配が要らないのならば。

 そんな事ばかりが頭にあった。

 教官と言っても、彼がやる事は少ない。

 元々、教官の数は揃っている。

 彼がやる事は見習い共に空戦の話をして、鼓舞するだけだ。

 時折、飛行機に乗って、空戦を直に見せる。

 これに関してはドットの右に出る者は居ない。

 圧倒的な戦技。

 これだけでも見習いの教育には大きな意味があった。


 教育隊の指揮官、ハウゼー少将は笑顔でドットと酒を酌み交わした。

 ドットとハウゼー少将とは長い付き合いだった。

 ドットが最初に配属された飛行隊の隊長がハウゼーだったからだ。

 まだ、飛行機が戦場に出て来たばかりの話だった。

 偵察が主な任務で時折、手榴弾や爆弾を敵部隊に落とす程度の任務しか無かった頃から、彼らは空戦で一躍、有名になった。

 飛行機の性能が低い時代ではあったが、彼らはそれを補うべく、集団による戦術を編み出すなど、一時期は戦場の空は彼らの物であったと言われた。

 「しかし・・・お前が左遷されて、教官になってくれてありがたいよ」

 ハウゼーは上機嫌で話す。

 「私も教官になる日が来るとは思いませんでしたよ」

 ドットもはにかみながら答える。 

 「だが、空には未練があるんだろ?」

 「無いと・・・言えばウソになりますね。最後に戦ったあの姫様とはもう一度、戦いたい」

 「なるほど・・・でも互角だったんだろ?」

 「互いに燃料も不安な上、夜ですよ?敵の位置だって朧気にしか・・・」

 「そうだな。むしろ、姫様はよく飛行船に追い付いたと思うよ」

 「地理・・・気候、風などをよく理解していたのでしょう。優秀な飛行士ですよ。うちのエース共にも学んで欲しいくらいです」

 「そうだな。機体の性能と経験値だけで敵を堕としているだけだからな」

 「その性能もどこで逆転されるか分かりません。それに噂では敵の技量も徐々に上がってきているとか?」

 「だろうな。この間、マルタが落とされた」

 「あぁ・・・撃墜数3位のヤツですか」

 「そうだ。空で撃ち殺されたそうだ」

 「まだ、結婚したばかりですよね」

 「そうだな。だが、あいつは自分を過信し過ぎていた。単独行動が多かったから、いつかは落とされるとは思っていたよ」

 「なるほど・・・私は面識が無かったので知りませんが」

 「お前さんみたいに慎重且つ、大胆な男はそうは居ないよ。今、撃墜数を上げているのは恐れを知らない愚か者ばかりさ。もしくは嘘つきかな」

 「まぁ・・・あの姫様が万が一にも戦場に出てきたらと思うと怖いですよ」

 「帝国最強のお前さんが言うなら・・・そうなんだろうな」

 「帝国の飛行機の性能が上回り続ける事を祈りますよ」

 二人は苦笑いを浮かべながら酒を飲み続けた。

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