第8話 帰路

 最前線に程近い地域をステラは側車に揺られていた。

 申し訳程度の座席のクッション。舗装もされていない悪路。

 ステラの尻は悲鳴を上げていた。

 それでも彼女は我慢して、不満の一つも言わない。

 むしろ、ビビオが事ある毎にステラに気遣う。

 「姫様、あと1時間程度で列車の停留所へと到着します」

 「わかりました。では、一度、休憩をしましょう」

 さすがの乗り心地にステラは30分毎に休憩を入れている。

 休憩をしている間、ビビオは肩から掛けた騎兵小銃を手にして、周辺を警戒する。

 味方の支配地域ではあるが、いつ前線を破った敵が現れるか解らないからだ。

 「後方まで敵が侵入する事はあるのですか?」

 ステラの問い掛けにビビオは頷く。

 「はい。敵の偵察部隊が後方に入り込み、伝令や補給部隊を襲撃したりします」

 「長い前線をパトロールだけで維持するのは難しいのですね」

 「こちらも同様の事をしているのでお互い様ですよ」

 「なるほど」

 歳の近いビビオとはステラは気兼ねなく話が出来た。

 まぁ、ビビオの方は相手が姫様なので、かなり緊張して受け応えしているが。


 短い休憩を終えて、二人は再び、走り始める。

 田園がちらほらとある長閑な畔道を走っていると農機具庫のようなオンボロの小さな小屋が現れた。

 ビビオは何気なく、それを見ていると、突如として、銃撃を受ける。

 弾は二人の頭の上を飛び去った。

 「敵襲です!」

 ビビオは姫を庇うようにハンドルを左に切って、路肩に停める。

 次々と放たれる銃弾の一つが自動二輪車の発動機に当たる。

 ビビオは二輪車に跨ったまま、肩から小銃を取り、初弾を装填する。

 その動きの間にも小屋から何発も銃弾が浴びせられる。

 「姫様、お逃げください。ここは私が・・・」

 そう言った時にはステラは立ち上がり、手にした拳銃を撃っていた。

 距離は50メートル近くあるが、ステラの銃弾は着実に小屋に命中していた。

 それに驚いたのか、敵の銃声が止む。

 ビビオは慌てて、狙い定め、撃った。

 それを契機に撃ち合いが始まる。

 僅か50メートルとは言え、互いに簡単に当たるわけが無いが、ステラ側が分が悪かった。ステラは弾切れになった拳銃を側車の中に放り込み、銃座に固定されていた機関銃の固定金具を取り外し始めた。

 「ひ、姫様、無茶です。お逃げください」

 ビビオは銃を撃ちながら叫ぶ。

 ステラはそれを無視して、立ち上がり、機関銃を腰の位置までに担いだ。

 「やってやるわよぉおおおお!」

 機関銃の引き金を引くと激しい反動がステラに襲い掛かる。

 6キロもある機関銃を持ち上げただけでも凄いのだが、それをフルオートで撃った。反動は半端じゃなく、狙いなど定まるはずも無いが、小屋を銃弾が次々と穴だらけにしていく。

 薄い板が銃弾を防げるはずも無く、中に居た敵兵達はたまったものじゃないだろうとビビオは思った。

 慌てて、小屋の扉が開け放たれ、兵士達が逃げ出す。

 そこにビビオの銃弾が撃ち込まれる。

 一人が倒れ、彼を引き摺るようにして、逃げ出す敵兵達。

 そこにステラの機関銃が再び、火を噴く。

 銃弾は彼らの頭の上を次々と飛び去り、彼らに恐怖を与えた。

 10分も満たずに敵兵の敗走で勝負は決まった。

 ステラは両腕が痺れて、銃を落とすように地面に置いた。

 「死ぬかと思った」

 ステラはその場にへたり込む。

 「姫様、無茶をし過ぎです。機関銃を持って撃つなんて」

 王国の機関銃はまだ、重さと反動の強さから、持って撃つには難があった。男でも大変な代物を細腕の姫様がやったのだから、骨折していてもおかしくなかったのだ。

 その後、敵兵が戻って来るのを警戒しつつ、ビビオは自動二輪車の修理を行ったが、シリンダーに穴が開いたらしく、動かす事は出来なかった。

 仕方が無しにステラが小銃を手にして、ビビオは機関銃を担いだ。

 そうして、二人は歩き始める。

 「歩くとなると・・・2時間は掛かるかもしれませんね」

 あと少しだと思った目的地は遥か遠くに見えたとステラは思った。

 30分程、歩くと、前方から小型のトラックが走って来る。

 「味方です」

 ビビオはそれが軍の物だと一瞥で解る。

 ビビオは小型トラックに向かって、手を振る。すると車は彼らの目の前で止まった。

 降りて来たのは将校と兵士。

 「ステラ姫様でありますね?わたくしは第43偵察大隊のアレフ大尉であります」

 恰幅の良い将校は背筋を伸ばし、敬礼をした。他の兵士達も慌てて敬礼をする。

 「ご苦労様です。私を駐屯地まで乗せて行って欲しいのですが?」

 「はい。到着が遅いので、迎えに来ました。どうぞお乗りください」

 どうやら、彼らは到着が遅れている事に業を煮やし、やって来たらしい。

 「前線から戦力を引き抜いたみたいで申し訳ないわね」

 ステラがそう言うと、アレフは畏まる。

 「いえ、そんな事は・・・ただ、この車両を確保するにも色々ありまして」

 前線はかなり逼迫した状態で、小型トラックと言えども、簡単には回せないのだろうとステラは察した。

 「ありがとうございます」

 「それより、小型自動二輪車はどうなりましたか?故障ですか?」

 アレフは歩いていた二人を心配する。

 「いえ、敵に襲われて、破壊されました」

 「なにぃ?そ、それは・・・申し訳ありません」

 アレフは酷く、狼狽したが、ステラは大丈夫と言って、彼を慰めた。

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