第5話 不時着
ステラの機体は穴だらけのボロボロだった。
幸いにして、ステラ自身やエンジン、燃料タンクに弾が当たらなかった事だけだ。
ステラは豆球で計器を読む。燃料計の針は残り僅かを示していた。
「夜明け前まで・・・3時間ぐらいか・・・もたないわね」
ステラは夜明け前の脱出を試みる事を覚悟した。
ただ、ギリギリまで飛び続けて、なるべく、地形が解る程度に明るくなるのを願うしかなかった。
今、飛んでいる場所は解らないが、なるべく王国内で着陸が出来るように王国内部に向かう方角に飛んでいる。
微かに地平線が白み始めた頃、エンジンは燃料不足を示すように乱れたリズムで暴れ出す。
限界だった。
ステラは機体を捨てる覚悟をした。
僅かに見える地表には畑が広がっていた。森では無い。
それが解っただけでもステラは安心した。
落下傘を身に着け、機体をなるべく安定させた。
正直、飛んでいる飛行機からの脱出などやった事は無い。
それどころか、落下傘も座学で学んだ程度。
落下傘は常にチェックをしているから、大丈夫なはずだった。
シートベルトを外して、座席から立ち上がる。
風が強い。これから飛び降りるのかと思うと不安しかない。
だが、時間はあまり無い。エンジンはいつ停まってもおかしくない感じだ。
ステラは覚悟を決めて、薄明りの中、まだ、暗闇かと思える地表に向けて、飛び込んだ。
ドット大佐と僚機は国境に向けて、飛んでいた。
飛行船の姿は確認が出来ない。
「飛行船は・・・落ちたか」
被害の様子からして、飛行船が国境を越えたとは思えなかった。
そして、自分達も同じである。
燃料計は限界を迎えているが、国境はまだ、遠い。
王国領内に不時着、または脱出するしかなかった。
光信号で僚機がすでに燃料切れなのが解る。
「まだ・・・暗いが・・・闇に紛れて、敵地を突破する事も出来るか」
ドット大佐は諦めて、僚機に脱出を命じる。
下がどうなっているか解らない。だが、不時着よりは助かる可能性は高いと考えた。
落下傘を背負って、彼は慣れた様子で飛行機から飛び降りる。
地平線は白み始めてるとは言え、まだ、夜空だった。
漆黒の大地へと体は落下していく。
早めに落下傘を開く。
白い落下傘は闇に映える。部下の落下傘も見えた。
ゆらりゆらりと落ちていくが、その落下速度は思ったよりも速い。
着地時の衝撃は想像以上に強く、下手をすれば、全身打撲や骨折だってあり得る。
特にこのように落下地点が見えない場合、あまりに危険だった。
祈るような思いでドット大佐は着地を待った。
飛行船は高度を下げつつ、結果的に小高い山に衝突した。
激しい衝撃で船体は四散。
乗組員は全員、吹き飛ばされた。
近くの村ではその激しい衝突音で村民たちが全員、叩き起こされた。
燃料が燃え、山の一部で火災が起きた為、消火活動が始まる。
村民だけでは足りず、近くの駐屯地から軍が派遣された。
朝方には鎮火され、転がっている破片や死体から、それが帝国の物だと確認された。飛行船とは断定されなかったが、概ね、王都を爆撃した飛行船だろうとされた。
「おい、あんた・・・おいっ」
ステラは呼び掛ける声で目を醒ました。
すでに朝日が昇り、辺りは明るい。
見渡せば、キャベツ畑だった。
「大丈夫か?」
声を掛けているのは農夫だった。
「ここは?」
「ベルタス村だよ」
農夫の言う村の名を聞いた事が無い。
「どこの領地ですか?」
「ファーデール公爵の領地ですよ」
ファーデール公爵は古い貴族で、帝国と隣接した領土であった。
「国境近くで脱出したってわけ?危なかった」
王都に向かって飛んでいたと思っていたが、風に流されたのか、思わぬ方向に飛んでいたようだった。
ステラは身体の状態を確認する。痛みはあるが、重傷を負ったわけじゃない。
ただ、自分の転がった所から周囲のキャベツが割れていた。
「キャベツが悪いことをしたわね」
「いや、あんたが無事なら。見たところ、王国の飛行士さんだね。女性が居るとは珍しい」
農夫はステラが姫である事に気付いていない。まだ写真機さえ、珍しい。こんな片田舎では新聞だって、稀にしか見掛ける事は無いだろう。貨幣に顔が載る国王や王妃なら知っていても、姫の顔までは誰も知らない。
ステラは立ち上がり、農夫に尋ねる。
「ファーデール公爵のお屋敷まで、どれぐらい掛かる?」
「それだと徒歩で二日ぐらい」
「遠いわね。軍の駐屯地や連絡が取れる場所は?」
「それなら村役場に電話があるよ」
「そこまで案内して貰えるかしら?あぁ、それとこれは潰したキャベツのお代」
ステラは金貨を取り出し、農夫に渡す。農夫は驚いた顔をした。
「こ、こんなに要らないですよ」
「道案内も頼むから、それも含めてよ」
「解りました。今、馬車を用意します」
ロバを繋いだ馬車が用意された。
馬車は荷台のみで、農機具が置かれている。そこにステラは座り込む。
「1時間程度で着きますから、お休みください」
「ありがとう」
ステラは疲れ切ったのか、荷馬車に揺られながら、軽く眠った。
ドット大佐は着地の弾みで激しく体を叩き付けられ、転がった。
それでも動けない程の損傷は受けていない。
近くに仲間も落ちたはずだった。
彼はすぐにホルスターから自動拳銃を抜いた。
拳銃を片手に暗がりを歩く。
ここは敵地。声を上げて、探す事は出来ない。
何とか目を凝らすと、白い物が見えた。多分、落下傘だろう。
そこに駆け付けると、部下が転がっていた。
「大佐・・・俺はダメです。足をやられました」
部下の右足はあらぬ方向に曲がっている。
「すぐに応急処置をする。痛むぞ」
大佐は彼の足を持って、元の形に戻す。相当な痛みからか部下は悲鳴を上げ掛けるが、何とか押し殺す。
それから添え木をした。
「大佐、一人で逃げてください」
部下は大佐に懇願する。だが、大佐は首を横に振った。
「お前を置いていけない。何とか、味方の陣地まで行くぞ」
ドットは彼に肩を貸して、二人で歩き始めた。
太陽が昇り、周囲は明るくなっていく。
平原の中を歩く二人は目立つ。
遠くに人影が見えた。
ドットは仲間を茂みに隠すように置いた。
そして、自分は拳銃を構え、様子を伺う。
人影は次々と現れる。兵隊のようだ。
それはどんどん近付いて来る。
ドットは戦闘を覚悟したが、彼は気付いた。
そして、大きく手を振った。
「帝国陸軍航空隊のドット大佐だ。助けてくれ」
そう叫ぶと、向こうからも返事があった。
「帝国軍か?今、そっちに行く」
向かってきたのは帝国軍の兵士達だった。
この地はすでに帝国の支配地域となり、彼らはパトロール中だったのだ。
ドットと部下は無事に救出された。
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