第4話 闇夜の空中戦
ステラの放つ銃弾は飛行船の船体を次々と穿つ。
破れたエンベローブからはガスが噴き出していく。
飛行船の上面へと躍り出たステラ。上面の銃座がそれを察して、弾幕を張る。
銃弾はステラ機に何発か当たるも、ステラの銃弾が銃座を潰した。
銃座には兵士が居ただろう。
さすがにステラでも人を殺したのは初めてだった。
だが、身体中を駆け回るアドレナリンがそのショックを和らげる。
今は飛行船を落とす事だけ。
それだけが彼女に与えられた唯一の目的だった。
銃弾は飛行船を引き裂くように叩き込まれる。
「残弾はあと100発ぐらい」
すでにガスの殆どを失った飛行船は高度をどんどん落としていた。
多分、彼らは国境に辿り着く前に墜ちるだろう。
だが、万が一がある。トドメを刺さねば。
ステラはさらに銃弾を射ち込もうとした。
その時、背後から音が聞こえた。
エンジン音。
味方・・・ステラは一瞬、そう考えた。
だが、音はステラが聞いた事がある王国の保有する機体の音ではない。
敵
ステラは回避する為、操縦桿を倒した。
機体は左に滑るように動く。そして、今、機体があった場所を銃弾が飛び去る。
「敵・・・敵なの?」
ステラは回避運動を取りながら、背後に居るだろう敵を確認しようと顔を向ける。
だが、暗闇の中に銃火の残像だけで僅かな機体の影を確認しただけだった。
「飛行船は多分・・・落ちる。ここで空中戦をやるのは不利・・・」
そう思った瞬間、更に背後から銃撃を受けた。
幸い、銃弾は機体の左側を飛び去った。
「もう一機?・・・まさか飛行船が搭載していたの?」
ステラの知識に飛行船が飛行機を搭載していたなんてことは無かった。だが、この空域に居ると言う事はそれしかないのだ。
相手は燃料も弾薬も満載していると考えると・・・圧倒的に不利・・・。
すでに飛行船は撃沈間近。これ以上、トドメに拘らなくても、国境は超えられる可能性は低いだろう。そうでなくても速度はかなり落ちている。夜明け前に国境に辿り着けない。高度からして、地上からの攻撃には耐えられない。
「逃げるしかない」
ステラは回避運動を続けながら、この場からの逃避を決めた。
ドット大佐は初撃を外したことに痛恨の極みを感じ取った。
相手に気取られぬように静かに背後を取り、確実に仕留められる距離で撃ったはずだった。まるで背後に目があるような動きで躱されたのだ。
無論、相手の機体が複座で背後を見る者が乗っていた可能性も考えたが、銃火に照らされた機体は明らかに王国軍が正式採用している一人乗り機体に見えた。
真っ赤に塗られた機体。
王国の機体は基本的に深い緑色で塗られている。
固有の色を許された存在。それも王国を象徴とする赤。
エース機だろうか。
確かに、余程、自分の腕に自信が無ければ、夜間飛行などやろうとも思わない。
ドット大佐は相手が相当な腕前だと感じ、どうせ、国境まで難しいなら、ここでヤツを堕とす。そう誓った。
これがひょっとすると人生最期の飛行かもしれない。
それがその覚悟を決めさせた。
相手は暗闇に乗じて、逃げの一手を見せている。
耳を澄ませば解る。
敵はこの空域が逃げようとしている。
ドット大佐は手元のランプを光らせる。
これは夜間に味方に位置と情報を知らせるために考えた事だ。
ランプの蓋を開け閉めして、相手に光信号で情報を伝える。
「敵は二時の方角に高度を上げつつ、逃避中。これより追う」
それを見た僚機からも光信号で了解の合図があった。
ドット大佐は遠ざかる音を頼りに機体を動かす。
ステラはとにかく高度を上げつつ、逃げる事にした。
高度を上げているのはこの辺りの地理に疎いから。
高度を下げてしまうと、山に衝突するリスクが高かった。
だが、高度を上げる為には速度は犠牲になる。
出力は上げたいが、朝まで燃料を持たせようと思うと、そうも簡単では無かった。
だが、この判断が裏目に出る。
相手は燃料満載の敵だ。方角と高度さえ知っていれば、ステラを追うのは難しくない。そして、雲が途切れ、月明りがあれば、暗闇では無い。
「見付けた」
ドット大佐は月夜に浮かぶ一機の飛行機を見付けた。
陰となり色までは解らないが、こんな時間に飛ぶヤツは他にはいない。
彼は燃料を気にする事なく、スロットルを開いた。
プロペラは回り、速度が一気に上がる。
下からの射撃だと、弾丸が落下する弾道を強く意識しないといけない。
難しい射撃だ。
だが、エースであるドット大佐はこの射撃を得意とした。
トリガーが引かれる。
両翼に設置された機銃が唸る。
弾丸はステラの機体に吸い込まれた。
ドドドドと激しい振動が機体に襲い掛かる。
木製の機体が破壊される音がした。
ステラは慌てて、操縦桿を動かし、機体を捻るもかなりの弾丸が機体や翼を貫いた。ステラの体に銃弾が当たらなかったのは不幸中の幸いだった。
機体はかなり損傷した様子。特に翼に受けた損傷は大きい。操縦桿の振動が止まらない。下手をすれば空中分解するかもしれないとステラは思った。
それでも敵の攻撃を避ける為に機体を右へ左へと旋回させる。高度を一気に下げたいところだが、山などの地形がどうなっているか最早、解らない。
二機の敵はしっかりと後方に着けて、慎重に狙いを定めて、撃ってくる。
時折、至近距離を弾丸が通り過ぎる。
いつやられてもおかしくない。
急激な機動に燃料の消費も激しい。
このままだと、朝まで持たない。
そんな考えより、今は撃ち落される可能性の方が高いとステラは思い直す。
燃料よりも今を切り抜ける。
機体の損傷も問わず、スロットルを開けて、速度を上げる。
「くぅ・・・ちょこまかと・・・速度を上げたか・・・」
ドット大佐は追いかけるだけで必死だった。
彼らが搭乗する機体は重量を減らすため、旧式機を用いていた。翼には布が使われ、ステラの機体に比べて機動力、速度は劣っている。それでも何とか食いついていけているのはステラが燃料を気にして、全開で飛んでいないのと、損傷により、機動力が落ちているからに過ぎない。
ステラの機体が速度を上げると、ジリジリと距離が開き始める。
「性能の差は何ともならないか・・・」
ドット大佐は恨めしそうに最後に一連射をするもそれはステラ機の左方の虚空へと消えた。
「飛行船も見失った・・・。俺らは国境へ向かうしかないな」
ドットは僚機に光信号を放ち、国境へと向かった。
ステラは敵が追いかけて来ない事を確認すると、国境とは反対方向へと向かう事にした。間違っても国境を越えた先で不時着などあり得ないからだ。
とは言え、燃料計はすでに底を尽き掛け、あと半刻も飛び続けられないだろう。
安全な場所を探し、不時着・・・もしくは脱出を試みないといけなかった。
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