第3話 闇夜の決戦

 王宮は混乱していた。

 王都の爆撃で、官庁街とその周辺の建物の崩落は30棟以上に及び、火災が続ている。被害は甚大で、死傷者は現時点において、100人を上回る。

 そして、ステラ姫がこの暗闇で飛行機にて、飛び立ったこと。

 夜間飛行など常識的に考えて、危険しか無かった。

 そもそも、飛行船を追いかけたとして、この暗闇では接触する可能性だって、限りなく低い。

 すぐに姫の捜索も始まるが、彼女を追いかけて、軍の飛行士に危険な夜間飛行をさせる事は出来なかった。

 

 飛行船の速度はエンジンの限界近くに達していた。

 排気炎がチラつく。それでも緩める事は出来ない。

 速度を上げる為、低い高度でしか飛べない飛行船は迫る山肌に怯えながらの飛行を続けた。

 「何としてでも夜明け前に国境を超える。不要な物はどんどん破棄しろ」

 船体を軽くする為、無駄な装置などが破棄される。

 爆弾懸架装置も外され、投棄された。

 最終的には飛行機も直衛の為、離艦される。その為に飛行士達はワイヤーを伝い、待機室から飛行機へと移っていた。いつでも離艦が可能なように機体のチェックがされる。

 飛行隊隊長のドット大佐は撃墜数35を誇るエースパイロットだった。

 彼は真っ黒な機体に目立たぬように彼の家の紋章である獅子と剣が象られた絵柄が記されている。

 「ちっ・・・特殊な任務とは言え、こんなオンボロに乗るとわな」

 ドットは悪態をつく。そもそも、この任務自体、誰かの嫌がらせだと解っていた。多分、嫉妬か何かで自分を殺そうとしたヤツが居ると。

 だから絶対に生きて帰って、そいつを見つけ出し、仕返しをしてやると誓っていた。そして、彼の相棒になる飛行士はまだ、実戦経験も少ない若者だった。

 戦闘において、彼の助力は期待が出来ない。悪い若者ではない。だが、腕前と言う物は経験が物を言う。だからと言って、このような状況で彼を庇ってやれる保証は出来ない。

 出来れば、空戦という事態だけにはならないで欲しかった。

 

 ステラは夜空を見上げていた。

 空気は冷える。

 ドレスの上に飛行服を着ているが寒い。

 夜空を見上げるのは方角を知るためでもある。

 飛行船の逃げる方角は解っている。速度はこちらの方が上。

 問題は高度だ。

 飛行船はそれほど高く飛べない。

 山を気にして、高い高度を維持しているが、このままでは追い越すだけになる可能性もある。

 どうやって、飛行船を見付けるべきか。

 それが最大の悩みだった。

 それでも一度、飛び始めた以上、国境付近まで飛び、なるべく、日の出まで飛び続け、着陸をしなければならない。その為に燃料もそれほど、無駄には出来ない。

 懸命に暗闇を眺めていると何かの灯りがチラついた。

 「家の灯り・・・にしては高度があるか・・・」

 ステラは気付いた。

 「エンジンの排気炎か・・・見つけた」

 チラつく灯りに向かって、ステラは舵を切る。

 

 アデス上等兵は緊張していた。

 どこの街か解らないが、爆弾が投下され、激しく爆発していた。

 船尾の機銃座なので、その様子ははっきりと見れた。

 艦橋からも戦果の確認を命じられ、見える限りの事を説明した。

 建物の多くは爆破され、街の中央がポッカリと穴が開いたようだったと報告した。

 こんな真夜中に街が爆撃されるなんて誰も思っていなかっただろう。

 アデスは爆撃された一般市民の事を思うと、胸が痛む。

 だが、それよりも今は逃げる事だった。日の出と共に敵が襲ってくるかもしれない。それに備えて、自分は目の前の機銃を撃つことに専念しなければいなかった。

 だが、この時において、アデスはこんな真夜中に戦闘機が襲って来るとは思っていなかった。

 夜は地上でも戦闘する事は稀。

 ましてや空は静かなのが当たり前なのだから。

 だが、アデスは何かが聞こえると思った。

 空耳だろうか?

 明らかに飛行船のエンジン音とかと違う音が聞こえる。

 もっと高い羽音のような音。

 こんな高さで他の音が聞こえるなんてあり得ない。

 そう思っていた。

 そして、一瞬、彼の目前が輝いた。

 その眩しさが彼が最期に見た光景だった。


 ステラは後方につけるべく、高度を下げつつ、速度を落とした。

 チラつく炎は排気炎。排気ガスに着火したものだ。

 だとすれば、それがエンジン。

 飛行船のエンジンは大抵、機体の下部にある。その上にあるエンベローブを破壊すれば、墜落する。エンジンを狙う必要性など皆無。

 暗闇とは言え、接近させ出来れば、飛行船のような巨大な船体に弾を当てるのは簡単だった。

 そして、暗闇がゆらめく。

 相手は船体を真っ黒にしている。暗闇に溶け込んだ船体は接近してても、はっきりと全体を視認する事が出来ない。特に彼女がしているゴーグルのガラス越しでは。

 それでもゆらめきのように何かある事は感じ取った。

 先手を打つ。

 そこに何かある程度の距離だろうが、確実に当てられると感じ取ったステラは操縦桿にある機銃用引き金の安全装置となるカバーを跳ね上げる。

 試射はしてある。弾丸数は二挺合わせて470発。

 全弾を射ち込むのに5分は掛からない。だが、一度に撃ち込んでしまって、仕留めれないではいけない。少しづつ、当てていく。

 彼女は躊躇する事なく引き金を引いた。30発程度が放たれる。

 機銃の発砲炎で目の前が一瞬、明るくなった。

 そこには確かに巨大な飛行船が居た。距離にして500メートル以上。

 思ったよりも近い。

 銃弾が船尾の銃座の周辺に当たる。多分、初弾は銃座を捉えただろう。

 反撃が無い。

 ステラは速度差を考え、少し上昇して、衝突を避ける。

 突然の銃声に飛行船の乗組員達は驚いている。

 飛行船のエンベローブの上に位置する銃座は何かが後ろから飛んできたことに驚きつつもそれが飛行機であると理解した途端に銃座にしがみつく。

 「敵だ!敵だ!」

 彼らは安全装置を外し、ろくに狙いを定める事なく、引き金を引いた。


 ステラは一度やり過ごしつつも飛行船に上に狙いを定めた。

 だが、突如として、銃火と共に銃弾が飛び去るのを見ると、諦めて、後方へと戻る。無理に遅い飛行船の速度に合わせようとすれば、失速しそうになるので、スロットルの調整が難しかった。

 それでも後方に移る間際に更に飛行船の船体に一撃を射ち込む。

 エンベローブの後端が銃弾で引き裂かれる。ガスが噴き出した。

 

 艦橋では突如の襲撃に驚いていた。

 ガリゥ大佐は唖然としていた。

 「馬鹿な・・・自殺行為だぞ?」

 見つかった事よりも敵が夜間飛行を試みた事への驚き。

 「船長、船尾銃座がやられました。機銃も破壊され、使用不能」

 「船長、敵は飛行機が1機。今、船尾付近に銃撃を受け、ガスの一部が漏れてます。浮力が落ちます」

 次々と報告が押し寄せる。このままではたった1機の飛行機に蹂躙される。

 「くそっ・・・直衛戦闘機を出せ!このままやられるかよ」

 艦橋から飛行士待機室に指示が飛ぶ。

 そこに居た兵士がランプの灯りですでに飛行機に搭乗した飛行士達に離艦を指示した。

 飛行士たちはすでに銃声で何が起きているかは理解していた。ただし、彼らもまさか、こんな夜中に離陸してくるヤツが居るとは思っていなかったし、そして、この位置で飛び立てば、自分達も国境まで飛ぶことが出来るか微妙だった。

 「予定よりも早いが・・・やるか」

 ドット大佐は絶望的になりながらもエンジンを始動させる。

 彼らの飛行機のプロペラは常に風を受けて空回りしている状態なので、始動は簡単だった。

 最後尾の二番機が先にワイヤーから外れる。一度、落下するように高度を下げてから、機体は速度を上げて、飛行船の前へと出ていく。

 そして、ドット大佐もワイヤーから機体を放した。

 一度、高度を大きく落とすのは飛行船への衝突を避ける為。

 その次は前に出るか、横に行くかだが、周囲の山の状況が解らない以上、無暗に左右に動くことは危険だった。そして、敵が居るだろう後方へと行くのもだ。


 敵の飛行機が切り離された事を知らないステラは懸命にちょこちょこと飛行船に銃弾を当てている。

 「くそっ・・・簡単に墜ちない」

 ステラの知識だと飛行船は水素を用いているので、一撃で爆発的に燃え上がるはずだった。だが、目の前の飛行船は何度、当てても燃え上がるには至らなかった。

 彼女はヘリウムガスについて、まだ、知らなかった。

 とは言え、飛行船のヘリウムガスがいつまでもあるわけじゃない。全てのエンベローブを破壊すれば、墜落するに決まっている。

 ステラのやる事はただ、撃つだけだった。

 だが、その銃火はドット大佐達にとっては良い目印だった。

 「見付けたぞ。王国の勇者よ」

 先にドット大佐が仕掛ける。続けて、二番機のヤコブ大尉が仕掛ける。訓練された二人だから、暗闇で互いが見えなくても、衝突しない安全な位置取りが出来たし、意思疎通が出来なくても、互いのやる事が解った。

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