第2話 姫様、闇夜に飛び立つ。
ステラは王宮から麓に繋がるつづら折りの道を自動二輪車で駆け抜ける。
普段から競うように走り抜けているだけあり、僅かな前照灯の灯りだけでも彼女は見事にコーナーを駆け抜けた。
2サイクル単気筒のエンジンは白煙をマフラーから上げる。
オイルの焼ける臭いを残しながら、彼女は麓の滑走路へと辿り着いた。
そこには警備の兵士達が空爆で慌ててていた。
「何者か?」
一人の兵士が自動二輪に気付いて、駆け寄ってきた。
彼が手にしたランプで照らすと、革の飛行帽を被ったステラだった。
彼はすぐに姫様だと気付き、慌てて、向けた銃を降ろす。
「し、失礼しました」
「構わないわ。すぐに飛行機を用意して頂戴」
「飛行機でありますか?」
「そうよ」
この滑走路には王族所有の飛行機が駐機されている。
ステラは日頃から飛行機の操作を訓練していた。
そして、彼女が操る飛行機は王国主力機であるフォレストⅡ。
複葉機で2500cc5気筒星形エンジンを搭載し、最大高度5500m、最高速度時速340キロを出す。武装はプロペラ同調型13ミリ機銃が二挺。木製の機体に一部、防弾の為に鋼材が用いられている。
時代的には少し古さを感じる性能であるが、機動性や安定性は高いと評価される。
ステラは愛機へと飛び乗る。
ステラの機体は常に燃料が満タンにされている。そして、すぐに始動が出来るように準備がされていた。
彼女はコクピットから兵士達に声を掛ける。
「プロペラを回して!タイヤ止めを外しなさい。離陸するから滑走路が解るように滑走路脇に何人か立たせなさい」
そんな指示を受けて、慌てて駆け出す者や、オロオロする者達。
「姫様!危険です。降りてください」
そう叫ぶ兵士にステラは一喝する。
「王都が空爆されて、黙っているなんて出来るわけがないでしょ!私は王族なのよ。端くれとして、一矢報いるのは当然。早くしないと、不敬罪でこの場で処刑するわよ」
ステラは護身用の小型回転式拳銃を抜いて、その兵士に向ける。驚いた兵士は慌てて、プロペラを回した。
二本の羽を持つ木製プロペラが回り出し、エンジンを始動させる。
パンパンという音と共にプロペラが激しく回り出す。
「行くわ」
タイヤ止めが外され、真っ赤な機体が動き出す。
機体の腹や翼には王国の紋章が大きく描かれている。
その機体は慣れた様子で滑走路へと向かう。
だが、真っ暗闇の滑走路。所々に立つ兵士の灯りだけが頼りだった。
ステラは滑走路に入ると、落ち着いて、スロットルを開ける。
プロペラの回転数が上がり、速度が徐々に上がる。
周囲の風景も見えない。下手に低い高度を飛べば、周囲の山々に当たってしまう。
ステラは慎重に操縦桿を引いて、いつもより早く、離陸をした。
ステラの機体は音だけを残し、闇夜へと消えていく。
それを見送った兵士達は慌てて、王宮へと報告に向かった。
飛行船は身軽になった事から、高度と速度は最高となっていた。
飛行士待機室とされた元の客室で二人の飛行士が神妙な面持ちで椅子に座っていた。
「爆撃は無事に終えた。夜間に飛行機が上がって来る事は無い。今後のシナリオで最悪なのは敵の高射砲に撃たれる事か」
ドット大佐はそう呟くと嘆息する。
「大佐。いくらデカブツとは言え、簡単に当たりません。それに夜ならば、発見されても目測をするのも難しいでしょう」
「だと良いがな。相手が高射砲ならば、我らが飛び出し、地上掃射する必要がある。そうなると我々は飛行船に戻れるか解らなくなるからな」
「そうですね。夜間に飛び出して、再び飛行船に戻るのは・・・」
「だとすれば、帰還を諦めて、帝国領に向けて飛び続けるしかない。最悪は燃料切れの前に脱出すれば、助かる可能性もある」
「了解です」
この時点で二人は王国側からの飛行機による迎撃は考えていなかった。
どれだけ腕の立つ飛行士でも困難だからだ。
まだ、レーダーも無い時代。暗闇は飛行士から全ての知覚を奪う。
天地さえ分からなくするのだ。
離陸が出来るだけマシ。着陸となると墜落するのと同義だった。
滑走路を飛び立ったステラは上昇を続ける。
少しでも高度を上げないと付近の山に衝突してしまうからだ。
それでも方角を見失わないように常にコンパスを見ている。
「あの飛行船・・・たぶん、最短距離で国境に向かっているはず。だとすれば、南西の方角。高度は2000メートル以下。雲に隠れられたら見つけられないかも」
不安しかない。夜間飛行など、危険だと教えられただけだ。
無謀な事だったが、勢いで彼女は飛び立ってしまった。
月すら灯りが無い。
それでも彼女は闇夜に消えた飛行船を追った。
エンジンは快調であった。空と地上から混ざり合ったように闇だけである。
王国の地形は把握しているつもりだ。この高度なら、山に衝突する事は無い。後は航続距離だけだ。
燃料は満タンだが、最大で215キロ程度。かなり上昇で無理をしたから、200キロぐらいかもしれない。
相手は航続距離だけなら、圧倒される。追い付けない可能性もある。
だから、速度を上げないといけない。
エンジンの回転数を上げる。余計に燃料が消費される。
時間との勝負だとステラは思った。
飛行船はただひたすらに逃走をした。
高度は1000メートルに抑える。速度を上げるためだが、下手をすると山肌にぶつかる可能性がある。航海士は必死に地図で航路を確認する。
機銃座でも周囲の観測が義務付けられている。
ただ、どこまでも暗闇だ。微かに月明りで山並みが見える事もあるが、それはそれだけ接近しているわけで、危険だった。
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