第27話 今の目標

 ロイハルドの部屋を出ると廊下に座り、壁にもたれるヨハンを見つめた。


「ヨハン殿下!?」

「兄貴との話は終わったかー」


 まさか廊下で待っているとは思わず、セリーナもイグニスを抱きながらしゃがみ込んだ。


「終わりましたけど。何もこんな場所でお待ちいただかなくても」

「じゃあ、行くか」


 んー! っと伸びをしたヨハンがセリーナに手を差し伸べる。

 小さくなってしまったイグニスを片手で抱き、反対の手でヨハンの手を取った。


「丘に行く。時間がギリギリだから急ぐぞ」

「え、あ、はい!」


 サチュナ王国の王都にある丘に着くとヨハンはセリーナと向き合い、大きく深呼吸した。


「セリーナ嬢」

「は、はい」


 ヨハンの緊張がセリーナにも伝わる。


「オレはセリーナ嬢のことを何も知らないから教えて欲しいんだ。セリーナ嬢はどこから来た人で、何者なんだ」


 こんなにも面と向かって、真剣な顔で、自分のことを聞いてきた人は初めてだった。


 ゆっくりと口を開く。

 これまで絶対に他言しないと決めていた身の上話をする決心はすでについている。


「わたしはここではない別の世界からこの世界へ連れて来られた、ただの女です。聖女なんかじゃありません」

「……本当に異世界から来たっていうのか」

「はい」

「それって誘拐なんじゃ」

「んー、確かに。そうとも取れますね」


 あごに手を当てて考えてみるとその通りだ。

 これまで異世界への召喚を誘拐だなんて思っていなかったセリーナは、ぽんっと手を打った。


「イグニスが教えてくれたんだ。セリーナ嬢は聖女だけど、聖女じゃない存在だって。でもオレにとっては誰よりも聖女で、セリーナ嬢以上の聖女なんていないって言うか」


 自分でも何を言っているのか分からなくなってきたのだろう。

 ヨハンは視線を彷徨わせながら、身振り手振りを加えて力説している。


「とにかく、誰か何と言おうがセリーナ嬢は聖女を越える大聖女なんだ」

「ふふっ」


 またしてもセリーナは吹き出してしまった。

 なんとも子供っぽい言動。ロイハルドが過保護になる理由も分かるというものだった。


「な、なんだよ。馬鹿にしてるのか」

「いいえ。ありがとうございます。そんな風に言ってくれたのはヨハン殿下が初めてです。嬉しいです、とても」

「そ、そうか」


 照れて余計な発言をしないのはヨハンの美徳だと思った。


「もう一つ、聞いていいか?」

「はい」

「セリーナ嬢の本当の名前って。セリーナ、じゃない……のか?」


 一瞬だけ戸惑いを見せたセリーナ。

 本当の名前は過去に捨てたものだ。


 本名を言う度にののしられ、叩かれ、この世界でも通じる新しい名前を与えられたことを思い出した。


 ヴィンストン伯爵もマリアベルもこの世にはいない。

 もう誰もわたしの名前をけなす人はいない。


 そう自分の心に言い聞かせて、声に出した。



「せりな……藤原 聖梨那……です」



 怖い。

 ヨハンがどんな顔をしているのか見るのが怖い。


 その気持ちは魂が繋がっていなくても、震える腕の中にいるイグニスには痛いほど伝わってきた。


「フジワラセリナ。良い名前だな。セリナ、うん。そっちの方がいい」

「……え?」


 ぎこちなく顔を上げると笑顔のヨハンが何度も名前を呼んでくれていた。


「許してくれるなら真名で呼びたい。オレのことも殿下なんて敬称は要らない。呼び捨てて欲しい」

「それは……あまりにも……」


 不敬です、とは言いたくなかった。

 こんなにもはっきりと、そしてひたむきに向き合ってくれる人と距離を取りたくない。

 だから、セリーナも自分の気持ちに素直になることにした。


「はい。お願いします、ヨハン」

「セリナ! ありがとう、ずっと大切に呼ぶと誓うから!」


 気持ちを抑えきれず、拳を握るヨハンの姿にはイグニスも呆れ果て、何を言わなくなっていた。


 しばらくの間、黄昏たそがれ時の空を背に無言のまま見つめ合っていた2人。

 声をかけた方がいいのかもしれないが、なんて言えば良いのか分からない。そんな甘酸っぱい雰囲気の中、ヨハンが静かに問いかけた。


「セリナは元の世界に戻りたいと思うのか?」

「戻りたくて仕方がありませんでした。ずっと元の世界に帰る手段を探すことを目標としていました」

「……そうか。なら……っ、オレも手伝うよ」


 自分の気持ちを押し殺したような絞り出した言葉はヨハンの優しさそのものだ。


「不要です」


 しかし、セリナはきっぱりとその優しさを切り捨てた。


「え、どういうこと?」

「それは過去のわたしの話です。わたしのお菓子を美味しいと言って食べてくれる特別な男性ヒトが一人だけいるんです。その人にもっと美味しいお菓子を作って渡すことが今の目標です」


 恥ずかしい。でも、視線は逸さなかった。


 頬が熱を帯びているのと、朱に染まっているように見えるのはきっと夕焼けのせいではないと自覚していた。


「元の世界に戻れば、目標を達成できないのでお手伝いは不要です」

「じゃあ、オレは……そうだ! オレはセリナにもっとサチュナ王国を好きになってもらえるように努力する。この世界を憎んでいても、この国だけは居心地の良い場所だと思ってもらえるようにする」


 それから、とヨハンは改めて真剣な眼差しで告げた。


「オレのことも好きになってもらえるように努力する」


 目をぱちくりさせるセリナの気持ちは決まっている。

 だけど、


「もう、あなたのことを好きになっていますよ」

 なんて、ヨハンの意気込みを無下にするようなことは言えなかった。


 その代わり、歓迎パーティーあの日の約束を果たそう。



「わたしの好きなことはお菓子作りです」



 ヨハンが目を丸くする。


「それって、あの時の答え……」

「はい。遅くなってしまいましたが、ヨハンのおかげで答えを出せました」

「そうか。お菓子作りか。いいな、オレもセリナが作っている姿を見てみたい」


 セリナは照れくさそうに微笑み、腕の中のイグニスと肩に止まっているマシュガロンにも今の気持ちを伝えた。


「イグニス、マシュガロン。"聖女のギフト"を生み出す能力ちからは不用意に使わないと決めたわ。わたしは代役としてではなく、サチュナ王国の聖女として皆を満たすお菓子を作りたい」


 イグニスもマシュガロンⅢ世も無言のままだったが、セリナには「好きにしろ」という言葉が確かに聞こえていた。


「ヨハン、もっとわたしの好きなことを見つけられるように、この世界の素晴らしさを教えてください」

「あぁ。嫌というほど付き合ってやる」


 こうして、サチュナ王国の第二王子と大聖女は更に約束を交わし、仲を深めていくことになるのだが、それはまた別のお話し。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

昨日まで役立たずの代役聖女でしたが、追放された隣国では大聖女やってます 桜枕 @sakuramakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画