第15話 神よりも
有名な鉱山があるという話を聞き、興味を持ったセリーナは視察という名目で西の領地まで馬車での小旅行を決めた。
道中の付き人は勝手に専属メイドを名乗っているミリアーデだけだが、同年代の女子二人旅とあって話題に事欠くことはなかった。
と、言っても一方的にミリアーデが話しているだけで、セリーナは
領主への挨拶をほどほどに鉱山へ向かったセリーナたちは責任者であるドモダナに視察させて欲しいと願い出たのだが、「危険だから近寄るな」の一点張りで、休憩所である山小屋に押し込められていた。
「どうしても鉱山を見たい」とわがままを言うセリーナと「いくら聖女様でもダメだ」と容赦なく切り捨てるドモダナの押し問答が平行線を辿る中、鉱夫に呼ばれたドモダナが行ってしまった。
血相を変えて走っていたので、聖女よりも優先するべき人物が来たのか、あるいは緊急事態か。
いずれにしてもセリーナにとっては好機だ。
ドモダナ以外の鉱夫はセリーナに対して毅然たる態度を取ることができず、簡単に山小屋から出ることができた。
「さて、予定通りに地盤調査を始めましょうか」
「はい! この辺りは特に地盤が脆く、昔から手付かずになっているとか。鉱石を掘るには最高の環境ですが、労働者にとっては最悪の環境です」
「そうなんだ」
乾き切った砂の塊を指で摘むと簡単に崩れ落ちた。
「粉塵もすごそう」
そう呟いた時だった。
轟音と共に大地が揺れ、立っていられず、しゃがみ込んでしまった。
「セリーナ様、平気ですか⁉︎」
「うん、平気。これはなに? どういう状況?」
「きっと崩落したんですよ」
それってマズイのでは……? とあえて言葉に出さなくても二人は事態は急を要すると判断した。
「セリーナ様は絶対に動かないでくださいね」
いつも天真爛漫なミリアーデが鋭い視線で鉱山を見上ながら告げた。
スイッチが入って真剣モードになるミリアーデを見るのは非常に珍しい。ただ者ではないことは察しているが、実のところミリアーデが何者なのかセリーナも知らずにいた。
鉱夫たちは崩落した山の方へ行き、ミリアーデがセリーナを守るように立つ。まるで騎士のような背中にくすっと微笑みかけた。
「ミリアーデがいるから平気。行こう」
医者が到着するまでの間、この場で治療に近い行為を行えるのは自分だけ。
セリーナは表情を引き締めて、煙の立つ方向へ歩き出した。
鉱山の入り口付近で作業していた鉱夫たちは運良く崩落に巻き込まれなかったが、こういう経験はないのだろう。あたふたしているだけで役に立ちそうもない。
話し声を聞く限り何人かの男たちが入山して、救助活動を行っているらしい。
(ヨハンって聞こえたような気がするけど、まさかね。同じ名前の別人だよね)
王子様なんだからこんな場所にいるはずがない、と決めつけたセリーナの元に一人の男が運び出されてきた。
頭からは血を流しているが、意識はあるようだ。
「あんた、聖女様なんだろ⁉︎ 助けてやってくれよ!」
セリーナの前でひざまずき、懇願する鉱夫たち。
お医者様が来るまで持ち堪えてみせる、という気持ちでセリーナは負傷した男の傷を見て、ミリアーデから受け取った布で止血を試みた。
同時に痛みだけは取れる払えるように聖女の力を発揮することも忘れない。
「なんだよ、それ! 血が止まらないじゃないか! 聖女なんだろ。治癒魔法とか使えねぇのかよ! 神に祈って、血を止めてくれよ!」
ギリッとセリーナの奥歯が嫌な音を鳴らした。
――それが出来れば、今すぐにやっている。
出来ないから、出来ることをやっているんだろ。
そう口走りそうになった口を閉ざしながら、手を動かし続けるのは想像以上に難しいことだった。
「黙れ。セリーナ様を侮辱するな。邪魔をするな。離れろ」
鬼の形相のミリアーデなんて初めて見た。
小動物のような可愛らしい見た目からは想像できないほどドスの利いた声に腰を抜かす者もいる。
しかし、気が動転している鉱夫の一人は力の限り叫んでしまった。
「こいつは聖女のくせに、怪我人も治せねぇんだ! 役立た――」
その言葉はミリアーデの堪忍袋の尾を切るには十分すぎる威力を持っていた。
気づけば、鉱夫は一回転して地面に突っ伏しており、今にも人を殺してしまいそうな形相のミリアーデが背中を踏みつけていた。
「黙れと言った。モグラの分際でセリーナ様を
自分のために怒ってくれることは嬉しい。
でも、そんなことをしても何にもならない。
ミリアーデに目配せしたセリーナは包帯代わりの服の切れ端をきつく巻きながら答えた。
「あなたの言う通りです。
希望を与えるはずの存在である聖女が、国民を不安にさせる発言をするなんてことは、ジャマガン王国では御法度中の御法度だ。
もしも、口を滑らせようものなら一ヶ月は牢屋から出してもらえない。
実際に経験しているからこそ、セリーナはどれほどの重罪を犯しているか理解しながら発言した。
「でも、この人を救いたいという気持ちは神よりも強い」
そう断言したセリーナが立ち上がる。
鉱夫は息を呑んだ。
セリーナの威圧感に気圧されたのもあるが、それよりも、さっきまで荒い息遣いで苦悶の表情だった仲間が今ではただ眠っているようにしか見えなかったからだ。
「い、一体……何をしたってんだ」
常人には理解できないことが目の前で起こっている中、更にもう一人の要救助者が鉱山から担ぎ出された。
片足は引きずられているが、反対の足が見当たらない。
血と砂埃でドロドロのボロボロになったズボンがあるだけだ。
この人の足はダメだ。もう二度と歩けない。
そう直感してしまったセリーナは覚悟を決めて、手を差し伸べた。
「その人もこちらへ。わたしが看ます」
その重症者を担ぐのがヨハン第二王子だと知ってもなお、セリーナは聖女としての責務を果たすために毅然と振る舞った。
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