第14話 希望の光の背負って
※ヨハン第二王子視点
国内を行ったり来たりして、国民と触れ合い、彼らの意見を積極的に取り入れることを信条としているヨハンは今日も自ら騎乗して大地を駆けていた。
目的地は王都から遥か西の領地。
そこには国内屈指の炭鉱山がある。
「以前よりも太陽の照りつけが穏やかな気がするな。どう思う、ユザリ!」
振り向き、後方を走る側近へ声をかけると、速度を速めて隣に移動してきたユザリは呆れたように肩をすくめた。
「王宮に戻らないから情報が入ってこないのですよ。これは聖女様の祈りによるものです」
「雨のみならず、こんなことまでできるのか⁉︎」
「殿下は聖女様が手から菓子を出せるだけの存在だとお思いですか?」
向けられたジト目から視線を逸らし、青々とした空を見上げる。
「あの時は、とんでもない食べ物が王国中に広まっていると聞いてセリーナ嬢の所へ飛んで行ったからな。それ以外のことは知らん」
「そんな堂々と言われましても」
長い付き合いのユザリにとって、ヨハンの自由奔放な生き方は今に始まったことではないから慣れっこだ。
しかし、それにしては向こう見ずというか、無鉄砲というか、いつもの行動力の高さに拍車がかかっているような気がしていた。
「今ではサチュナ王国全土の気候は各領地別に管理されていると報告が上がってきているようです」
「それもセリーナ嬢が?」
「はい。 ロイハルド王太子殿下のご指示だそうです」
露骨にヨハンの表情が険しくなった。
「兄貴はまたセリーナ嬢に無理をさせているのか!」
「それが、何も負担に感じていないようです」
「はぁ⁉︎ 王国全土なんだよな⁉︎」
ヨハンの素っ頓狂な声は初めて聞いた。
素直に感情を表に出すタイプだが、こんなにも驚いた彼を見るのは初めてだった。
「毎回、各地に足を運んでいるって言うのか⁉︎」
「いえ、それが……現状と理想を聞くだけで実現できるようでして」
「おいおい、冗談はよせよ。いくら聖女でもそんな神みたいなことができるかよ」
「できてしまうようです。それに加えて、病める国民への癒しと新たな命への祝福。薬品の調合、"聖女のギフト"作成と多岐にわたってご活躍されています」
ついに、ぽかんと口を開けてしまったヨハンに畳み掛けるようにユザリは続ける。
「それを夕刻までには終わらせて、屋敷に戻ってからは余暇活動に専念されているとか」
「どれだけ仕事が早いんだよ。それに余暇だって? オレが聞いた時は好きなことはなさそうだったけど」
「それが菓子作りらしく。ロイハルド殿下が所望したところ、断られたと噂話になっています」
「あの兄が物をねだったのか⁉︎ しかも、断られたとは傑作だな」
「失礼ですよ、殿下」
ヨハンを咎めるユザリも含み笑いしてしまうくらいに愉快な噂話が広まっていた。
ヨハンとロイハルドでは性格も考え方も真逆で、勝手に出来上がった派閥が勝手に対立を始めることも少なくない。
ヨハンとしても
「"聖女のギフト"ではなく、セリーナ嬢の手作りの菓子か。是非、食べてみたいな」
「殿下もねだってみてはいかがです?」
「兄貴みたいに振られるのは嫌だね」
そんな話を終える頃には目的地への到着は目前だった。
彼らが掘り出した鉱石は職人の手によって加工され、一級品の宝石として店頭に並び、国外へ輸出される。
サチュナ王国の財源を支える重要な拠点だ。
危険を伴う仕事だからこそ給金は高い。
だが、仕事中に何があっても保障はされない。
金のために、家族のために希望者は後を経たないが、それでも人手が足りないというのが現状だった。
「現場に居ないなんで珍しいな。ドモダナはいるか? ヨハンが来たと伝えてくれ」
到着したヨハンは昔なじみの顔を探したが見当たらないので、鉱夫の一人に声をかけ、鉱山の責任者を呼ぶように伝えた。
続いて、鉱山の入り口の岩肌を触ったヨハンはすぐに違和感に気づいた。
「前回と様子が違うな。まさか、ここにもセリーナ嬢が来ているなんてことはないよな」
「可能性はあります。聖女様は時間を作っては王国中を練り歩いているようですから」
「ありがたいことだな、初対面の時とはだいぶ印象が違ったもんだ」
一人の女性を金で買うという非人道的な行為に最後まで否定的だったヨハンは、セリーナに負担をかけることを何よりも嫌う。
男だから、女だから、という問題ではなく、セリーナの尊厳を尊重しないやり方が気に入らなかった。
「ヨハン殿下! また来やがったんですか!」
そうこうしていると敬意を払っているのか、払っていないのか曖昧な怒号が響いた。
ヨハンの推薦でこの鉱山の管理を任されることになったドモダナが休憩所となっている山小屋から飛んできたのだ。
ヨハンはドモダナの不敬な発言を気に留めることもなく、人懐っこく笑った。
「あ゛ー、次から次へと」
「オレが居ない間に異常はなかったか?」
「殿下、あれほど来るなと言ったじゃないですか。なんで来るんだよ!」
「この一帯を任せたのはオレだ。責任がある。それに、ガキの頃から馴染みの場所だからな」
「もうガキじゃないんだから、お城にこもって物書きでもしててくださいよ」
「なんだよ、そのつまらない生き方。そんなの御免だね」
「だからって山崩れに巻き込まれて王子を死なすわけにはいかんのです」
「……分かってるさ。ドモダナだって分かってるだろ。オレが来ないと親父も兄貴もここの現状を見てくれない」
ドモダナとしても心の底からヨハンを邪険に扱っているわけではない。
大切に想っているからこそ、危険な場所には来て欲しくないという親心があった。
「感謝はしてますよ。だが、それとこれは別だ。俺は二度と――」
ドモダナの言葉を遮るように轟音が鳴り響く、同時に鉱山の入り口からは砂の混ざった突風が吹き、ヨハンたちを襲った。
「殿下!」
「オレは平気だ! それより、崩落したのか⁉︎」
「チッ! あの新人共め、反対側は脆いってあれほど言っておいたのに!」
緊急事態に慌てた様子のドモダナの後を追う。
鉱山で働くということは常に死と隣り合わせということだ。
いつ死んでもいいように準備しておくのが常識だが、今日死んでもいいと思って働いている者は誰一人としていない。
「ドモダナさん、こっちだ! まだ崩落の危険があって近づけねぇ!」
反対側の鉱山の入り口は完全には塞がっていない。
中には入れそうだが、二次災害のリスクを考えると不用意に立ち入ることはできなかった。
「……、母ちゃん……誰かぁあぁぁあぁぁ」
崩落した岩の向こう側から、か細い声が聞こえる。
――まだ生きている。
そう確信したヨハンの行動は突発的だった。
足踏みする鉱夫たちを尻目に、鉱山の中に飛び込んだ。
「ヨハン!」
思わず、叫んだドモダナがヨハンの腕を掴む。
「何を考えてやがる、馬鹿野郎! お前はもうガキじゃねぇんだぞ! この国を背負う王子だ! 俺たちの労働環境を変えてくれるんだろ! こんな穴倉につっこむんじゃねぇ!」
「デカい声を出すな、ドモダナ! 崩れるだろうが!」
「おめぇの声の方がデカいだろ!」
入ってしまったものは仕方がない。
ヨハンとドモダナに続いた側近のユザリや鉱夫たちも一丸となって崩落した岩をどかして要救助者を探す。
一人はすぐに見つかったが、頭から血を流していて悠長なことは言っていられない。すぐに運び出して医者に見せる必要があった。
すぐに鉱夫たちによって担ぎ出され、ヨハンたちは更に奥へと進む。
自力で逃げ出した鉱夫が言うにはもう一人、崩落に巻き込まれたらしいが、その人もすぐに見つかったのは不幸中の幸いだった。
「出すぞ。手伝え、ドモダナ」
「言われなくても」
岩に片足を潰されたままで横たわる男が今にも消え入りそうな息をしていた。
大人数人がかりで岩をどかし、片足のなくなった鉱夫を担いで、狭くて細い鉱道を出口に向かって急ぐ。
陽の光が眩しい。
死の恐怖を無理矢理にでも忘れて、救助活動を終えたヨハンたちの耳には鈴を転がしたような声が届いた。
「その人もこちらへ。わたしが看ます」
顔を上げたヨハンの前には、太陽を背にして手を差し伸べる聖女セリーナの姿があった。
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