第16話 あなたが言ってくれたから

 あまりの惨さに嘔吐しそうになる者がいる中でもセリーナは冷静だった。


 倒れ込むように負傷者を地面に横たえ、荒い息をするヨハンを横目にセリーナは鉱夫のズボンを脱がした。


「セリーナ様⁉︎ そういうことは私がやります!」

「いいから。ミリアーデは水を持ってきて」


 ひしゃげてしまった片足からはドクドクと血が流れている。


 誰もが直感的に「もう助からない」と諦めていた。

 この場に聖女が居ることは幸運だったが、この状況で救うのは不可能だと勝手に決めつけたのだ。


「足を縛って、傷を焼きます」

「そんな拷問のようなことを! 楽に死なせてやってやれよ!」

「これを見てもそんなことが言えますか?」


 片足の潰れた鉱夫はセリーナのローブを強く握り続けていた。

 とっくに意識を失っていてもおかしくない状況でも、この人は生にしがみついている。

 だったら、セリーナに諦めるという選択肢はなかった。


「いや、賢明な判断だ。助けるには他に手段はない」


 最初にセリーナの意見に賛同してくれたのはドモダナで、鉱山責任者の言葉には誰も異論を唱えなかった。


「ただ、俺たちには経験が無い。頼む、聖女様。なんとか、こいつを生かしてやってくれ」


 ドモダナがセリーナに深く頭を下げると他の鉱夫たちもならって、平伏した。


「ヨハン殿下。以前、わたしを護衛してくださった騎士様たちはホワイトシヴァを討伐されたのですよね? 負傷者を多く出したはずです。その時と同じようにできませんか?」


 やっとのことで息を整えたヨハンが頷く。

 たったそれだけで第二王子付きの騎士たちの目付きが戦士のものへと変わった。


「お願いします。わたしがこの人の痛みを取り払っている間に終わらせてください」


 それぞれが何をするべきなのか理解した上で行動したこと、最低限の必要な物品が揃っている休憩所が近くにあったこと、そしてセリーナがいたこと。

 それら3つの要素のどれかが欠けていれば、この鉱夫は助からなかっただろう。


 セリーナは騎士たちが熱した鉄で血管と肉と皮膚を焼いている間、鉱夫の手を握り、鎮痛することだけに集中した。

 その甲斐あって、鉱夫は一切の痛みを感じることなく、ひしゃげた片足の出血を止めることに成功した。


「町まで運びましょう。ここでの治療は限界です」


 鉱夫たちが簡易的な担架で負傷した鉱夫を搬送してくれたので、この場に残されたのはセリーナ、ヨハン、ミリアーデ、ドモダナだけになった。


「セリーナ嬢、ありが――」


 感謝を述べようとしたヨハンは、セリーナのあまりにも浮かない表情に言葉を飲み込んだ。

 ヨハンとドモダナは顔を見合わせて、呆れたようにため息をつく。


「ご苦労様、セリーナ嬢。上上上上上上出来だ。あの状況で足を生やしたら、オレはこんな風にへたり込んでないで、額を地面に擦り付けてる。なぁ、ドモダナ」

「まったくだ。失った足が生えてくるなら、他の連中のも生やして欲しいですよ」


 セリーナが何を考えているのか、ヨハンには分かってしまった。 

 ドモダナにはセリーナの考えは分からないが、ヨハンの優しさは知っている。だからこそ、機転を利かせて同調することができた。


「セリーナ嬢、どうして祈らなかった?」


 凛々しい表情と真剣な声色で問いかけるヨハン。

 セリーナはじっとヨハンを見つめ返して即答した。


「あのまま息を引き取るまで祈り続けるのが嫌だからです」


 セリーナの力強い瞳とヨハンの鋭い瞳が交差する。


「わたしが祈るだけで助かるのなら、楽に死ねるのなら、いくらだって祈ります。でも、そうじゃないから、わたしはわたしできることを最後までやりたい」

「自分の命を削りながらだとしても?」

「はい。わたしに好きなように生活して欲しいと言ってくださったのは殿下です。おかげで、わたしは好き勝手させていただいています。今日もそうです」


 セリーナは震える手を見下ろしながら続ける。


「聖女であることを強制されれば、わたしはただ祈ることしかできません。死んでいく人に対して、何もせずにただ見ているだけです。"聖女のギフト"作りを禁止されれば、わたしは飢餓で苦しむ子供を見て見ぬふりするしかありません。そんなのは、もう沢山です」


 セリーナの心の底からの叫びにミリアーデは口元を隠して声を殺した。


「殿下が好きにして良いと言ってくださったから、わたしはこの世界の聖女として責務を全うします。どうせ、元通りにはならないのです。せめて最後まで力を尽くしたと胸を張って死にたいんです」


 セリーナの目の前で泥と埃にまみれた金髪が揺れる。

 何が起こったのか分からず、セリーナはされるがまま硬直してしまった。


「で、殿下……?」


 息が止まるほど、きつく抱きしめられていた。


 男性に抱きつかれるのは初めてだ。

 だけど、この抱擁は、かつてセリーナが国外追放を命じられる直前に見た、マリアベルとダン王太子の熱い抱擁とはまったく異なるもののように感じた。


 気持ち悪い感じがしない。


 まるで、肉親に抱き締められているような……。

 そんな安心さを実感するもので、同時にセリーナにとって懐かしさを感じた。


「死ぬなんて簡単に言うなよ。もっと自分を大切にしてくれよ」

「あの、殿下……わたしたちの関係を勘違いする人が出るかもしれません。それに、わたしに触れると穢れてしまいます。早く、離れてください」


 もぞもぞと動き、ヨハンの分厚い胸板を押す。

 セリーナには拒絶しなければいけない理由があった。


 聖女が簡単に男に体を許したとなれば大問題だ。

 しかし、そんなことはヨハンだって理解している。たとえ嫌われたとしても伝えたい気持ちがあった。


「穢れるわけがないだろ! オレの腕の中に居るのは、誰よりもこの国と国民を案じ、身を削ってまで役目を果たそうとしてくれている聖女だぞ! 誰がそんな酷いことを言いやがった! きみを縛りつけ、苦しめる奴は誰だ!」


 絶対に他言しないと誓っていたはずなのに、ヨハンの悲痛な叫びを間近で聞くと我慢できなくなった。

 涙があふれ、しゃくり上げた喉が詰まりそうになる。


 それでもヴィンストンの名前は伝えられなかった。


「…………ごめんなさい」

「オレたちにとっての聖女はセリーナ嬢だけだ。他の聖女やつがどんなに優秀でも、全世界が聖女そいつを賞賛しても。オレだけはセリーナ嬢こそが、大聖女だって叫ぶからな!」


 更にヨハンの抱き締められる力が強くなる。

 ただでさえ細いセリーナだ。骨が折れてしまいそうになっても、ヨハンはセリーナを離そうとはせず、セリーナもまた強く拒絶することはなかった。


 どれだけの時間が経ったのだろう。

 あっという間だったようにも思えるし、随分と長かったようにも感じる。


「ヨハン、そろそろ離れた方がいい。若い衆が戻ってくる」

「あ、あぁ……ッ! セリーナ嬢、これはその……違って、いや違うわけじゃないけど。あれ、オレ、なに言ってんだろ」


 冷静になったヨハンが勢いよくセリーナから飛び退く。

 自分が何をしていたのか理解しているつもりだったが、想像以上に興奮していたらしく、あたふたする様子は王子とは思えないほど子供じみて見えた。


「平気です。ドモダナ様もミリアーデも他言無用でお願いします」

「様なんて柄じゃねぇですよ」

「心得ております」


 気恥ずかしそうにこめかみをかくドモダナと、うやうやしく一礼するミリアーデ。

 反応は対照的だが、ドモダナも信用できるとセリーナは直感した。


 やがて、鉱山の崩落事故に巻き込まれた2人を町医者の元へ送り届けた鉱夫たちが戻ってきた。


 胸を撫で下ろしたのは、2人の負傷者が事なきを得たからか、それとも……。

 セリーナは胸の前に手を置き、小さく「良かった」と呟いた。

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