第10話 精霊と契約するということ
(それにしても、どうして手からお菓子が出せるようになったんだろう)
目下の悩みはこれを尽きる。
セリーナはロイハルド王太子に言われた通り、手からマフィンを出しては丁寧に包装してバスケットの中に並べていた。
「サンダル様、これで最後です。24個で人数分ですよね?」
「ありがとうございます、セリーナ様。これで孤児院で保護している子たちに食べさせてあげることができます」
「では、よろしくお願いします」
これから王都郊外に建てられた孤児院にマフィンを届けに行くのだが、セリーナはバスケットをサンダルに渡すだけで同行する素振りは見せなかった。
「セリーナ様はご一緒してくださらないのでしょうか」
「はい。わたしはお留守番をしています」
「どうしてですか……? こんなにも素晴らしいものを恵んでくださる聖女様のご尊顔を皆が見たいはずです!」
セリーナにとっては迷惑極まりない話だった。
ジャガマン王国では、毎日のように聖女マリアベルと比べられ、「マリアベル様なら。それに比べてお前は……」と何度言われたことか。
いつしかセリーナは屋内からでも聖女のお役目を果たせる能力を身につけた。
その力は便利である一方で、セリーナを俗世から隔離するもので、国民たちとのコミュニケーションを拒絶する行為だった。
どれだけ国のために働いてもセリーナが行ったという確証がなければ、国民は全てマリアベルのおかげだと思ってしまう。
魔物討伐の依頼がない時は屋敷に引きこもり、マリアベルの代役として生きることを受け入れたセリーナは国民の勘違いを正すことを諦めて生きてきた。
「聖女は象徴であるべきです。わたしは皆さんの夢を壊さないように引きこもります。サンダル様だって、わたしのやり方に最初は驚いていたじゃないですか」
うぐっとサンダルが言葉に詰まった。
「祈らない聖女なんて誰も見なくないですよ」
セリーナの表情は寂しそうで、苦しそうで、なんて声をかければよいのか、サンダルには分からなかった。
「僕が持って行くよ!」
返答に困る
セリーナのマフィンを食べ続けたおかげで回復した少年が立候補しながら飛び跳ねていた。
「きみが?」
「僕が一番上手にセリーナ様はすごい人だって教えられるんだ」
母親から過剰な労働を強いられ、聖堂に着いた頃には虚ろだった少年も今では見間違えるほど活気に満ちている。
誰よりもセリーナに感謝し、敬愛しているからこそ名乗りを上げたのだった。
「絶対にこのマフィンを食べて欲しいんだ。きっと生きる力が湧いてくるはずだから!」
マフィンが並べられたバスケットを両手で持った少年は有無を言わさず廊下に出て、一直線に用意された馬車へ向かう。修道士たちは少年が転んでマフィンを落とさないように注意してついて行った。
「セリーナ様、サチュナ王国民は誰もあなたを悪く言ったりしません」
サンダルに言われても、先日のロイハルド王太子の護衛の言葉は脳裏から離れなかった。
『やはりジャマガンの刺客か!』
矢面には立たず、姿を見せても本当の顔を隠し続けてきた聖女を誰が信じるというのか。
セリーナは自重気味に笑い、サンダルを見送った。
「ねぇ。そろそろ、教えてくれる?」
誰もいなくなった部屋で呟くが、返答はない。
セリーナは仕方なく奥の手を使うことにした。
「あなたとの契約を破棄してもいいんだよ。そうすれば、あなたは精霊界へ送り返されるんだよね?」
すると、すぐに反応があった。
これまで姿を隠していたコウモリのような精霊が慌てて飛び出してきたのだ。
セリーナは逃がすまいと鷲掴みにして顔を近づける。
「わたしが手からお菓子を出せるようになったのはあなたと契約したからね」
声が出せないのか、お話ししたくないのか返答はない。しかし、首が取れるほど頷いているから信じることにした。
「イグニスの時も体に変化があったからそうかなって思ったけど、やっぱりか」
セリーナは自身の二の腕をつまんだ。
それはサチュナ王国での食事量が増えただけでは説明ができないほど大きな変化だった。
「精霊とか聖獣って、
ずっと思っていたが言えなかったことを精霊に伝えると、見るからにしょんぼりして羽を畳んだ。
「でも、この力はわたし好みなんだよ。少しでも人々のお腹を満たせるのは嬉しい。空腹の辛さは誰よりも分かっているつもりだから」
セリーナの儚げな横顔が鏡に映る。
メイクをしていないから、聖女マリアベルのように自信に満ちた雰囲気ではなく、ただの怖がりな少女がそこにはいた。
◇◆◇◆◇◆
それからもセリーナは精霊と契約を交わしたことで手に入れた、洋菓子を手から出す能力を使い続けた。
早朝からサチュナ王国全土の気候の調整。
夕方までは
それらが終わってから眠くなるまでお菓子の生成。
場所が変わっただけで仕事量はジャガマン王国にいる時と変わらない生活を送っていた。
サンダルたちが休めと言っても習慣を変えることは難しく、何よりもセリーナにとってはマリアベルの代役として外に出る必要がなくなったことだけでも重圧から解放されて、のびのびと生活できていた。
それでいて、ぐうたらするわけではないので、サンダルも外出を強く促すことはできなった。
セリーナの手から生み出される洋菓子は"聖女のギフト"とそのままの呼び方が馴染み、一口食べれば頬が落ち、一つ食べ切ればその日は食事を必要としないほどの満腹感と栄養を確保できると話題になった。
最初は孤児院だけに配布していた"聖女のギフト"は、今では肉体労働者にとっての栄養補助食品となり、兵士や騎士の宿舎にも常備されるようになっている。
更に、噂を聞きつけた新しい物好きの貴族まで欲しがるようになり、セリーナは暇な時間さえあれば、手から洋菓子を生み出すようになっていた。
「セリーナ嬢は居るか!」
ある日、屋敷の扉を蹴破る勢いでやってきたヨハン第二王子は執事を押し退けて、セリーナの部屋の前まで来て強引にノックした。
「セリーナ嬢、開けるぞ!」
中からの返答はない。
ヨハンが無礼を承知で扉を開けると、カーテンを閉め切り、薄暗い部屋の真ん中で絨毯に座り込むセリーナを見つけた。
「おい、大丈夫か⁉︎」
駆け寄ったヨハンが見た光景はあまりにも異質だった。
大量の洋菓子に囲まれたセリーナが見えない何かと会話していたのだ。
「味の変更はできないの? ふーん、融通の利かない力だね。じゃあ、見た目は? チョコチップつけるとかさ」
「セ、セリーナ嬢……?」
ゆらりと揺れた黒髪。
こんなにも不気味な雰囲気の中でも茶色の瞳が向けられるとヨハンは安堵した。
「ヨハン殿下? こんな場所までいかがなさいましたか?」
「はぁ〜、気でも触れたのかと思ったぞ」
魂まで抜け落ちそうな勢いのため息をついたヨハンは、そのまま絨毯の上に腰かけてしまった。
王族とは思えない豪快な
「どうして屋敷にこもってるんだよ。もっと外に出ろよ」
「えぇ……そう、ですね」
本当は人前で力を使うのが嫌なだけだが、本心は伝えられなかった。
「自分の顔を鏡で見たか?」
「いいえ」
「見てみろ。ものすごいから」
座り込んで何時間もお菓子生成をしていたセリーナは、立ち上がるにも時間がかかってしまった。
「……うわぁ」
「不健康そのものだろ?」
「申し訳ありません。こんな格好で殿下とお話ししてしまいました」
「オレへの謝罪はいい。謝るくらいなら、その菓子を創らないくれ」
はて、と小首をかしげる。
「きみの命と引き換えにしてまでこの国を救って欲しいとは思わない」
セリーナは目を見開いた。
精霊との契約で体の中が変化していることはセリーナ自身も当初は確信を持てずにいた。それに、自分の生命力を削ってお菓子を生み出しているとは考えもつかなかった。
「オレはセリーナ嬢を奴隷のようにこき使うために呼んだんじゃない。勘違いするな」
初対面の時とは異なる横暴な言葉遣いよりも驚きだったのは、ヨハンがセリーナの手を包み込み、そっと額に押し付けて瞳を潤ませたことだった。
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