第11話 約束の上書き

「どうして殿下が泣くのですか?」

「セリーナ嬢が泣かないからだ」


 泣く? どうして、わたしが?

 泣く理由なんてあった?

 辛いことも、痛いこともないはずなのに。


 そんな疑問が浮かんでは消えていった。


「この菓子を食べた者は全員が元気になる。それは、丸二日徹夜したオレの体で立証済みだ。でも、その裏側でセリーナ嬢は生命力を失っているとここに来て確信した」


 ヨハンの瞳に映るセリーナはずっと困惑していた。



「この菓子はセリーナ嬢の命そのものだ」



 今もぽんっと可愛らしい音を立てて、手のひらから出現した洋菓子を見つめる。

 最初こそ苦戦したが、慣れれば簡単に出せるようになっていた。


「体に異変はないのか?」

「少し、疲れるくらいでしょうか」

「あのな、セリーナ嬢。サチュナ王国の問題を解決して欲しいと頼んだのはオレたちだけど、セリーナ嬢を酷使してまで自分たちの生活が楽になっていいとは思わない」

「でも、皆さんはコレを求めています」

「そうだ。それが問題なんだ。誰に頼まれた。セリーナ嬢が自分からこれを配り始めるとは思えないんだよ」

「わたしのことを知っているような口ぶりですね」


 相手は王族だが、セリーナは我慢できなかった。


「知らないから知りたいんだよ。どうして姿を隠しているんだよ。感謝の一つも伝えられないじゃないか」

「聖女なんてものは幻想です。夢は壊さない方が良いのです」

「夢? 自分を犠牲にしながら縁もゆかりもない国を救おうとしている女性ヒトがここにいるのは現実だ。それを知ろうとすることの何がいけないんだよ」

「皆さんがイメージする聖女はジャマガン王国のマリアベル・ヴィンストンですよね。わたしには彼女と同じようにできません」


 セリーナはヨハンの大きな手から自分の手を引き抜こうとしたが、思った以上に力強く握られていて敵わなかった。


「オレたちにとっての聖女はセリーナ嬢だけだ。天候を自在に操り、痛みを癒してくれる存在なんて、あんたしか居ないんだよ」

「普通にできることを褒められても困ります。それに、聖女マリアベルなら"傷も病気も癒します"」

「素直に褒められてくれよ。なにが普通だよ。聖女であること自体が普通じゃないのに、オレに分からない次元で謙遜すんじゃねぇよ」


 何を言っているのか分からないといった様子のセリーナにヨハンは頭を下げた。


「頼むから教えてくれ。誰に言われて、その菓子を創り始めた?」

「ロイハルド王太子殿下です。このお菓子が国を救済するから、と」

「あの、バカ兄貴。また勝手にセリーナ嬢のことを決めやがって」


 何が何やら理解できていないセリーナは、握られ続けている手を見下ろし、ヨハンの名前を呼んだ。


「あの、そろそろ離してもらえますか?」

「え、あっ、悪い!」


 手のひらをさすりながら上目遣いに見ると、ヨハンは頬を赤くしていた。


「と、とにかく、もう菓子を出すのはやめてくれ。セリーナ嬢の尊厳を踏み躙るような行為を繰り返したくない」


 真意を知りたくて、じっとヨハンを見つめる。

 セリーナが熱心に見つめれば、見つめるほどにヨハンの頬も熱を帯び、すぐに視線を逸らされてしまった。


「できません。せっかく、聖女マリアベルでも癒せないとされている飢餓にも手が届くようになったんです。この手段を失うわけにはいきません」

「命あっての力だろ!」

「では、コレを出すのは1日に30個にします。それならば許してくださいますか?」

「多いな。10個だ。約束できるか?」


 ヨハンが差し出した人差し指をまじまじと見つめてから顔を上げる。

 セリーナは「本当に?」と声を出さずに問いかけたが、ヨハンは意図を汲んだように頷いた。


 しばし考えてから背筋を伸ばして体を乗り出すようにヨハンの方へ。

 そして、ヨハンの人差し指とセリーナの額が触れ合った。


 この世界共通の約束厳守を誓う簡易的な儀式のようなものだ。


「ありがとう、セリーナ嬢。ついでにもう一つ。これは約束ではなく、気持ちの問題だ」

「はい」

「ジャマガン王国のもう一人の聖女――マリアベル・ヴィンストンと比べるのはやめろ」


 セリーナの目尻がわずかに細められる。

 

 ジャマガン王国では、マリアベルと同じことが出来ることを強要され、出来ないから役立たずの代役聖女と呼ばれていた。

 サチュナ王国では、マリアベルの影だった過去を払拭し、代役ではない聖女であろうとひたむきに自分に出来ることを、自分にしか出来ないことを模索し続けている。


 そのためには比較対象が絶対に必要で、考えないようにしていても、おのずとマリアベルが立ちはだかる。


「……わたしだって、そうしたいです」

「言っただろ、気持ちの問題だって。セリーナ嬢はもう十二分に聖女だ」


 まだ二回しか会ったことのない人にそんなことを言われても、信じられるはずがない。


 ――だけど、この人の言葉はロイハルド王太子殿下よりもすっと入ってくる……ような気がする。


 セリーナは少しだけヨハンを信じてみようと思い、頷いた。


「好きなように生活してもらいたいと言ってきながら、勝手なことばかり言うオレを許してくれ。突然、押しかけてすまなかった」

「いえ。またご要望があればおっしゃってください」


 釈然としない態度のヨハンが屋敷を去った後、セリーナは小首を傾げた。


「……突然、コレの供給がなくなったら困るかな」


 すでに"聖女のギフト"はサチュナ王国民にとっての非常食兼特効薬となっている。

 最初は孤児院にいる子供たちに向けて、食糧不足の一時凌ぎで与えるつもりだったのが、いつの間にやら各所で必要とされていた。


「それに、暇になっちゃうな」


 ジャマガン王国では屋内、屋外問わずに毎日忙しくしていたセリーナだ。

 天候操作や新生児の祝福は屋敷内からでも行える上に、屋外での魔物討伐をしなくなれば、時間が余ってしまって仕方がなかった。


「1日10個しか出すな、か。ん? でも"作るな "とは言われてないよね」


 セリーナは妙案が浮かぶと同時に笑顔を綻ばせた。


「なんだ、簡単なことじゃない。作ればいいんだ。ねぇ、聖女の力を後付けすることもきっとできるよね?」


 肩に乗っている精霊に声をかけたセリーナは、精霊の返答を待たずに立ち上がった。


「お母さんのマフィンを再現できれば、ヨハン殿下との約束を守れて、国民の皆さんにも迷惑をかけないはず!」


 これはマフィンを知らないマリアベルには出来ないことだ! と頭の片隅で考えてしまっていることに気づいたセリーナは、頭を振り、ヨハンの笑顔でマリアベルの幻影を振り払う。


 この世界に召喚される直前に食べていたマフィンの味を思い出しながら、セリーナは閉ざされていたカーテンを開け放った。

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