愚痴を聞く
「いっつー、聞いてくれ」
「え。いやだけど?」
僕の断りを無視して姉婿が続ける。おかしい。僕は断っているのに。
「娘が反抗期だぁ」
え。いまさら?
「なっちゃんの反抗期は別にいつも通りでは?」
「新しく塗り替えた車でお迎え行ったら『パパはお迎えに来なくていいわ』って。その上に『さっさとかっぱハゲになればいいのに』って。いっつー、かっぱハゲってなに? なんでオレ娘に呪われてんの?!」
「新しく塗り替えた、車……ってアレか」
カーキ色の四輪駆動車。姉のリクエストに応えて白主体にピンポイントゴールドという荒い道を走るのに不釣り合いな選色をされた趣味の車である。
僕は乗りたくない。
以前の黄色メインでピンクポイントだった塗装の時も乗ることは拒否した。
「せっかくきれいだし、汚れる前になっちゃんともドライブって思ったのになぁ。ちゃんと学舎からもちょっとはなれた場所で声かけたんだぞ」
十代前半女子を車(派手)からナンパする派手な男。
「事件扱いされる奴では?」
世界が混ざる前なら不審者情報メールが登録者に回る系の。
「えー。なんでいっつーそんなひどいこと言うの?」
え。
そんなの。
「率直な感想」
「ひでー」
けらけら笑いながら派手な外見の姉婿がゆるくゴネる。実際のところ、姉婿はこの町ではそれなりに知られている存在なので問題はないとはわかっている。
そんな妙なカラーリングの車に乗っているのは姉婿くらいだし、姉の趣味の車だと言うことも知られているのだから。
「あぶない世の中なんだからパパとしては娘ちゃんのお迎えに行っただけなのになー」
学舎前で待ち構えてない分マシだったのだろうけれど、同じ学校に通う誰かにそんな車に乗り込むところを見られた日には子供の頃の僕なら不登校になる。無関係に不登校気味だった過去には目を瞑ろう。
姉婿が「たべものある?」と言いながら戸棚を漁り、見つけたクッキーを「お。ラッキー」と口に運ぶ。ついでに僕の口にも押し込んでくる。この姉婿のテンションはいつもコレだ。
「なかなかにうまいな」
僕の友人からの差し入れである。むしろ食うな。
……髪はふさふさしている。頭頂部も無事だろう。
なっちゃんの反抗期の呪いはまだ効果を及ぼしてはいないようだ。
「いっつー、言いたいことがあるんならちゃんと言葉にすべきだぞー。オレはいっつーとのコミュニケーションが楽しいんだからさ」
なにが?
どこが?
何言ってんのコイツ。
「うっわ。めちゃくちゃ不満そう! ウケる」
すごく嬉しそうな笑顔でハツラツと言われてドン引きする。
さすが、姉に外見対応が『イイ』と言われるだけあると思う。
姉婿がなにかに気がついたように視線をあげた。
小さな足音は小走りで廊下は走らないように言うべきかと息を吐く。
ぱんっと勢いよく襖をあけた少女は仁王立ちで声をあげる。
「パパ! おじさんに絡まないの! はやくかっぱハゲになっちゃえ!」
ついでに呪っているのでやはり反抗期はいまさらだと思う。
「なっちゃん! かっぱハゲってなに!?」
「かっぱハゲはかっぱハゲよ! あんな派手な車でお迎えなんてサイテー。お迎えならおじさんかおばさんがいいのっ! パパは来ないで!」
おじさんって僕だな。
「なっちゃん、ママは?」
「ママは来ないし、来たらパパも付いてるから最悪じゃない!」
「えー。家族団欒?」
「ママ、そーゆーの好きじゃないし、振り回されるの迷惑」
これは撃てば響くような親子喧嘩。
なっちゃん、飲み物はジュースでいいかな? おやつ準備しよ。
「あ。いっつー、オレレモネードかジンジャーエール希望」
「パパ、図々しい!」
あー。
いいよいいよ。
大声はほどほどにね。
「なっちゃんはリクエストある?」
「ジンジャーエールがいいな。ありがと。おじさん」
「よーろーしーくー。いっつーやっさしー」
ぎゃあぎゃあ親子喧嘩をおいておいてジンジャーエールとおやつを準備する。
いつまでもプラスチックコップしか使えないわけじゃないと主張するなっちゃんにもお揃いのガラスコップで準備する。
学校から帰ってきてお昼は食べているだろうが夕食までは時間がある。多い量を出しておなかを埋めてしまえば厨房のコウサカさんが気を悪くする。
豆煎餅でいいか。
姉婿に二枚なっちゃんに二枚であわせて五枚。
飲み物とおやつを持って自室に戻った僕が見たのはかっぱハゲを図説しているなっちゃんだった。
「えー。なっちゃん、パパの髪型これがいいのぉ!?」
「イイワケないでしょ。近づかないわ!」
仲のいい親子である。
「心配ないさ。なっちゃんのオマジナイはパパには効かないからネ!」
爽やかにキラーンとするからなっちゃんが余計に反応するんだと思うな。あと、パパには効かないだけなんだ。
「なっちゃん、パパ以外にはそんな不穏なオマジナイはあんまりむけちゃいけないと思うよ」
よっぽど気に入らないならそいつの人望って奴だと思うけど。
「うーん。おじさんがそう言うなら意識はしとく」
なっちゃんは素直ないい子だと思う。
「ちょ! いっつーオレはいいの!? ねぇ、いいの?」
「だって効かないなら問題なくない?」
姉婿にとっては猫パンチみたいな感じでしょ?
騒ぎたいだけでしょ?
本音的には戯れて喜んでいるのに?
「あー。いっつー変わんなくて好きだわ〜」
は?
この姉婿いつもながらわけがわからないんだが?
三枚目の豆煎餅に手を出しているんだが、それは僕の分だが?
「コウサカさんにオレは晩飯いらないって伝えといて。治安会に参加してくるからさ」
予定あったっけ?
「不審者情報の通知あったんだけど、もしかしたらオレ自身かもしれないから誤解といてくるー」
「あー、パパ不審者だよね」
「なっちゃん、ひどいー」
「さっさと出かけちゃえー」
本当に仲のいい親子である。
「旅籠客、連れて帰るかも。いっつーも気にしといてー」
いってきますと言いながらそう言葉を置いていく。
僕の家は元々旅館で、世界が混じってからしばらくは避難所を担い、今は姉婿主体で旅籠を経営している。
主な旅籠客は共生契約者の見つからない異界からの隣人だ。
交渉を行うのは姉婿。
旅籠を提供するのは僕。
役割分担はされている。
忘れてはいけない。
世界は日常は変わってしまった。
新しい日常に僕らは慣れていかなくてはいけない。
国は輸入に頼った物流だった。
外国どころか隣町との連絡すらあやしいのが今僕らが生きている世界。
漁港も海に蔓延る隣人に敵性の動く死者達。
必要な物資が手に入らなくなることは目に見えていた。
だけど、パニックは起こらなかった。
姉婿によれば「何人かが『普通』の生活望んだんだろ。オレも安定した生活が好みだし」と普通じゃない発言をしていた。
物資は生活は町から出さえしなければ共生契約者の恩寵で維持された。
通勤して町に通っていた人間は町に来ることはなかったし、外に知り合いを求めた人間も大半戻ってこなかった。
同じ町にいても場所によっては崩落したり、地形の変化で死者が出たし、墓地からは屍体が人を襲うために這い出した。
姉婿は、とりあえず、いい笑顔で動く屍体を旅館の送迎用ワゴン車でかっぴいて避難者をウチに集めてみせた強者である。なぜか姉が助手席に座っていたらしい。(なにもせずに)
動く屍体は何度か破壊しても数日経てばまた活動を再開する。いつしかその討伐を得意とする共生契約者とかも現れて今は安定している状態だ。
危険な存在は動く屍体だけでなく、共生して主導権を取られた者や力に溺れて踏み外した者もいた。
虫に共生した隣人が人を苗床にした件は子供達には伏せられた。
外は危険である。
だから僕は安全な自宅にかつて旅館を営んでいたここから出ようとは思わない。
出なくとも外回りの安全は姉婿がなんとかしているし、交渉ができる隣人との取引は僕の奥さんがしている。
コウサカさんとタナベさんが料理と掃除諸々の諸雑務をしてくれている。
なっちゃんは外もさほど危なくはないと言うけれど、それはそこ。
僕は隣人より人の目が嫌いでこわいから。
いつだってひきこもっていたい。
……
「なっちゃん、このけむくじゃらなに?」
紙の上に描かれたぐるぐるーって感じのなにか。
「え。かっぱ! このぐるぐるがね、ハゲっていうかお皿?」
うん。ぐるぐるラインが重なっていてけむくじゃらでハゲ要素がわからない。
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