かっぱハゲの呪い

 共生契約だとか、サバイバル授業だとか正直言ってめんどくさい。

 それなりに愛想よく無難に生活していけたらいいかなと思うのに。

 それなりに気をまわすとイイように使われて、ひたすらにシンドイし、適度に壁をつくっておくと高速で距離をとられる。で、陰口が増えて学内での評価が下がる。

 死ぬ気はないけど、もう、なんかめんどくさい。

 誰かが獲ってきた敵性魔獣(可食)をより細かく分割していく。

 どこからか「よくやる」とか「ちなまぐさ」とか聞こえてくるけど、この作業なくして肉は食べれないので。そんなに気持ち悪い工程を経た食品を食べなくてはならないことに同情しつつ、この作業に触れる機会を意識して奪ってゆく。

 この学びの共有がある環境がいつまであるかわからないし、なくなった時に肉を食べたくて狩ったとして、対処できるかどうかってね。

 それ以前に狩れるというか本人が狩られるんじゃないと我ながら意地悪な思考が回る。

 誰にだって有能な共生契約相手が見つかる可能性があるんだし。

「ナナちゃんパイセン。お手伝いします?」

「ムサシくん。今日は明日の食材の下準備係じゃなかった?」

 玉ねぎの皮むきとじゃがいもの泥落とし。

「たまちゃんとみっちゃんがやってますよ?」

 すこし癖のある黒髪が動きに合わせてふわっと揺れる。

 自分の髪が黒く重い質なだけに柔らかく優しい印象の歳下少年の髪にイラッとしないでもない。

「そっかー。じゃあ下拵えの子達に連絡しておくね。ムサシくんは戻って渡しやすいように準備しておいてくださいね。それとも、こっちのお掃除してくれる?」

 どれだけ丁寧にやっても周囲に血と脂は散るし、不要屑肉の切れ端は家畜の餌用バケツにたっぷり。お掃除は体力腕力仕事。

「じゃあ、すぐ引き渡しできるようにしておきますね」

 にこりと引き下がるムサシくんは他のふたりに比べると身体能力は低め。タマキくんは訓練集中するよりアンデットバスター業の疲れをとるために睡眠優先気味だけど、ムサシくんよりは体力も腕力もある。

「うん。よろしくね。助かるわ」

 思ったとおりに逃げたよね。

 うん。

 かっぱハゲになっちゃえばイイんだよ。

 三十年から四十年後に。

「あの」

 不意にムサシくんが怪訝そうな表情で振りむく。

「なぁに?」

「なんか、不穏なこと考えませんでした?」

 察知系高いのかな?

「ひ、み、つ」

 ムサシくんが物凄くイヤそうに顔をクシャらせた。

 しかたないなぁ。

「ふわふわ髪羨ましいから、かっぱハゲになっちゃえって遠いお空に願ってみただけだよ」

「ナナちゃんパイセン。それ、成立してそうな呪いっ!」

 まあね。

「じょぶじょぶ。すぐじゃなくて、数十年後だから。それにひっそりとした陰口の一種だから呪いってほどのものじゃないよ」

「僕の共生契約相手が『呪い成立してる』って教えてきたんだけど!?」

 えー。

「ムサシくん達と違って、共生契約とかもしてないよ?」

 時折り、気配は感じるけど、共生契約の提案はされたことないんだよね。

 我ながら実に無力だと思うね。

 ムサシくん、呪い察知する共生契約相手ってことは魔法使い種系の隣人さんなのかな?

 デジタル特化の隣人もいれば、呪術特化の隣人もいるもんね。

 なにか言いたそうだけど、まとまらなかったらしいムサシくんは私の前から逃亡してゆく。

「ななっちー。この屑肉もらっていくねー」

 入れ替わりに来たのは同級の少女カノだ。

 彼女も私と同じで共生契約をしていない。

「誰かに手伝ってもらって。カノちゃんには重いってば」

 つまり彼女は非力。

「いやぁ、すこしは役に立たないと」

「連絡要員も重要だから無理に重い物を持たないで」

 怪我されるの困るし。

 カノの眉がへにょっと下がる。

 これだ。

 手伝おうとしたけれど邪険にされちゃいました。頑張ろうとした私が悪いんですオーラ。

 ちょっとつつけば「そんなつもりはないよ。ごめん」って返ってくるのがわかっているのもタチが悪い。

 で、それを半端にみてた外野が彼女を庇うこともお約束だ。

 めんどくさい。

「カノちゃん、こっち付き合ってくれない? 洗濯物多くって!」

 双方にとって救いの手と言える人物の登場。

 重めの黒髪の青年。雑務や学内防衛をしているイズルさんだ。

「備品室に返却された貸し出し装備が未洗浄で返却されててびっくりだよ。いやぁ、カノくんが手隙でなによりだよ。たすかっちゃったー」

 軽い感じで笑う姿に悪印象はない。

 ただムサシくんのお兄さんなのでたぶん腹黒い。

 ただカノを別の作業に連れて行ってくれるのは助かるかな。

「はい。洗浄作業ですね!」

「とりあえず分類の手伝いが欲しいんだよ。じゃあ、ナナちゃんカノちゃん連れてくね」

「はい。カノちゃんがんばってね」

 イズルさんに応えて、カノを応援しつつ送りだす。

 家畜の餌は担当者が引き取りにくるのでカノが気にすることでもない。

 手伝いに来た手隙の担当者に場の掃除と下準備された野菜の引取り同行をお願いする。

 ついでに屑肉の入ったバケツを持って運搬台車にのせておく。

「相変わらず軽々持つよなぁ。マジでナナっち、契約してないの?」

「してないよ。機会があればいい気もするけど、よくわからない相手との共生ってちょっと怖い気持ちが強いよね」

 だって、わけのわからないモノを自分の中に取り込んで共生するっていうことは自己存在の権限めいたモノをいくらか相手に譲るんだよ?

 自分じゃなくなった部分が自分の中にできるんだよ?

 気持ち悪い。

 なんでみんなあっさり受け入れられるんだろう。

 そういった認識改変でもかかっているんだろうか。

 そう思うともう、どうしようもないほど気持ち悪い。

 ただ、生きていくには出来るだけ普通にふるまう必要はあってそうしている自分も結構気持ち悪い。

 手にかけたバケツの重さを忘れるくらい周囲から音が消えて真っ暗に感じる。

 本当に気持ち悪い。

 バケツを投げ出して意味不明に叫びたい気分に駆られなくもないけれど、どこか理性が働いてへらりと笑える。

「ちょっと手をすすぐねー。そしたら下準備野菜取りに行こ!」

 水場の蛇口を笑いながら「その手じゃ後始末大変だからお水出すねー。ほら、アンタは液体石鹸の準備」と捻ってくれる。

 水で流され、石鹸を出してもらい「ありがとー」と軽く返しながら『普通』の交流を行う。

 普通の普段通りの日常。

 混ざる前の共生契約なんてなかった時代なんてほとんど覚えていない。

 学校のあるこの地域が特別に平和でうまく行っている場所であることは授業で何度も聞いている。

 けして『この安全』があたりまえではないのだと。

 まぁわかっているんだけど、比較的安全生活を享受しているとさぁ、ちょっと知るかよ。ばーか。とも思っちゃうんだよね。

 だからこう、思っちゃうんだよ。


 かっぱハゲが増えますように。


 半世紀たったらかっぱハゲワールドとか思うとちょっとウケる。

「調理担当チーム、今日なに作るのかなー」

「楽しみだね。ナナっち」

 野菜受け取りメンバーから声をかけられる。

「そうだね。お肉もあるし、昨日も今日も下準備チームの手も足りてたし期待が大きいよねー」

 大雑把でも美味しい料理はいいよね。

 学校に通う生徒の中には昼しかまともに食べられない子もいるし。

 笑顔で外面対応している自分が気持ち悪い。

 将来かっぱハゲになぁれ。って思いながら。

 あー。

 めんどくさいから楽に生きたい。



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