私の好きな風景


 物心つく前から画面の中でしかお日様は見たことがなかった。

 お兄ちゃんのように外で遊んでみたくて追いかけた記憶はあるけれど、続きは覚えていないし、お兄ちゃんが「ずっとそばにいる」ってぼろぼろ泣いて謝っていたのを覚えている。

 お日様は、私を焼くのだ。

 だから、私は昼間に眠って夜に起きるお兄ちゃんとは逆の生活。

 お月様は私を焼いたりしないから。

 お兄ちゃんは私が眠る頃に学校に行って起きる頃に帰ってくる。時にはお友達を連れて。

 弟たちが産まれた頃、世界は混ざった。

 私たちのお家は陸からはなされて孤立した。

 それが起こったのはお兄ちゃんは眠る夜の時間で。

 私は、私の運命に出会ってた。

 彼女は語る。


『世界はほんの軽いなにかで分岐していく。混じらない訳ではないけれど、どこまでだって遠く分岐していく』


 小学校にもあがっていない私には難し過ぎた言葉。

 だから、私は彼女と共生することですこしくらいならお日様と仲良くなれた私。

 お月様たちの時間。夜との方が仲はいいけれど、ちょっとしっかり対策すれば小学校にだって通える私。

 おうちと学校の間には海があったりするけれど、船橋のおじさまが送ってくださるし、夜になれば風に乗って飛ぶこともできるから。

 私は自由です。

 帽子も重いブーツもくるぶしも隠すくらいのコートも大判のストールもとっぱらって薄いふわふわのワンピース。

 透けるような白の布は柔らかくて好き。

 脱ぎ捨てたブーツとソックス。素足で触れる夜露で濡れた草に夜の海。

 彼女は夜の海で空に浮かんで波音を聴くのが楽しみで。私もいつしか便乗して聴くことが好きになった。

 波音の子守唄に『もしもの』世界の話をたくさん聴く。

 よその人はあまり彼女に力を見出さない。

 お父さんもお母さんも私がほんのちょっぴりお日様と仲良くなれたことを喜んでくれている。

 お兄ちゃんの共生契約はまだ正規契約していないけれど、それは彼らにとって契約相手の成長度合が大事で『幼生体』とは契約できないって話だった。彼の測定でお兄ちゃんは十五歳まで仮契約、『ツバつーけた』ってことらしい。

 おかげでお兄ちゃんが『つーちゃんがズルい。羨ましい。取って代わりたい訳じゃないけどちゃんと契約しているの羨ましい』とゴネてきてちょっとお兄ちゃんがかわいかった。

 十五歳になったら私より遠くまで飛べるだろうって彼女も言ってたんだし、きっとたぶん私はずるくない。

 喜んでくれてズルいって拗ねてるかわいいお兄ちゃんがいる人生が人として嫉妬されるくらいに羨まれるというのなら甘んじて受け入れるしかないでしょう。

 どうだ。

 羨ましい人生でしょう?

 その上で私夜なら単独で飛行、浮遊できるんですよ。

 優しいお兄ちゃんも理解ある両親もかわいい弟たちも居て誰も欠けてはいないんです。


 たくさんの人が海に大地に呑まれて消えました。

 たくさんの人がわけのわからないままに混ざった場所からきた人たちや生き物に殺されました。

 今だってきっと殺されているでしょう。

 私は彼女によって死んでなければ八割助けられる力を手に入れた。

 だから、お父さんは私に『夜飛べる力』以外は秘密にしなさいと言い聞かせてきたし、私も納得した。

 助けられるからと言ってすべてに手を伸ばすことは無理なのだから。

 彼女はちゃんと私に対価も教えてくれていたから。

 共生契約をしていることとどこまでできることを開示できるかは親子であってもあって当然だとお父さんは言ってくれた。

 私だけなら、たぶん説明していたと思う。

 でも。

 共生契約の相手である彼女がいやそうなら、彼女の意思を尊重するべきだとお父さんは言ってくれた。

 共生契約を結んだ以上、彼女の方がお父さんやお母さん、家族よりも確実に私から離れることのない助け手であり、共にある存在なのだからと。

 彼女の存在が軽視されない為にも能力の有効性は伏せておき、軽んじられる中で彼女自身がこの世界をわかっていくことが私がきっと守られる事だと思うという希望らしい。

 私が安全だと理解できたらお父さんはお母さんだけを心配できるからだね。って言ったら照れてたのでお父さんはしかたない人だなぁと娘さんである私はほっこりするのですよね。

 お兄ちゃんと弟達に対しては「男の子だしなぁ」で済ませるのはどうかと思うけど!



 彼女のおかげで緩和したとはいえ、私はやはりお日様が苦手で対策の厚手の服も本当のところ、息が詰まるように感じて苦手。

 調査隊として外に行きたいと望むお兄ちゃんが時々私を連れていくにはどうすればいいかとか呟いて、過去に縛られている様子を見せるから「生きて帰ってくるならいいんじゃない?」と声をかけている。

 私を縛る必要もお兄ちゃんが縛られる必要もないのだと思う。

 だってめんどくさい。

 お兄ちゃんは朝型の人だけど、私は体質の都合もあって完全に夜型。

 そう、生活パターンが合わないのだ。

 年のちょっとはなれた弟たちのお世話の役には立てたと思うけど、生活パターンが違いすぎる兄妹に両親が苦労していたんだろうと認識したのはごく最近。

 言い訳するならだって、遊んでくれるお母さんやお父さんの兄弟友人が結構いて、お父さんは遊んですごしてるって本気で信じてたんだもの。

 正直、今だってお父さんって何してるんだろうって本気で思ってる。

 叔父さんは「アイツは義姉さんがいるからかろうじてまともに留まってんだよなぁ。義姉さんもどこがよかったんだか」と二人の娘である私に聞かせるのにふさわしくない言葉を吐いていて、お母さんに叱られていました。


 とりとめのないことを考えます。

 船橋のおじさまの船が夜の海をすすみます。

 お兄ちゃんの十五の誕生日。

 お兄ちゃんの共生契約の日。

 お兄ちゃんは旅に出ます。

 予知が得意な共生契約者の助言をもってお兄ちゃん本人には知らされぬまま。

 お友達のむっちゃんとたまちゃんも一緒なので寂しさは少ないでしょう。

 私にはついていけない冒険です。


 まぁ、たまちゃんにもむっちゃんにもいろいろ頼み事はしたんですけどね。

 海上は好きなんですけど、彼女の能力と海水は相性がどうも悪くて。

 たまちゃんの共生相手の方が理解を示してくれたのでいろいろ協力体制なんですよ。たまちゃんには内緒で。

 そう、共生相手とは言えすべてを理解共有するわけじゃないんですよね。

 お父さんが初期に共生相手を優先しろと教えてくれたことに私はとても感謝します。

 共生契約を結んだ以上、最期の瞬間まで共にあるのは私にとって彼女だから。

「一緒に行きたかった?」

「別に」

 隣で一緒に見送っている叔父さんの養女で、私を守るんだと張り切ってくれている親友を見上げる。

 闇に溶ける船の影をじっと見てる。

「わたしは、貴女のそばにいます」

 私はちょっと肩をすくめる。

「兄さん、トビーにぞっこんだから心配ないと思うの。私の家ってなんだかんだ言って『好き』って決めたら病的に一途だから。コワいわよ? ね」

 ゆっくりと振り向いたトビーと視線があう。

「貴女は?」

 私?

「私の好きは今家族とお友達かしら?」

 彼女以外への特別の好きは段階がある。

 共生契約者への特別。

 家族への特別。

 友人への特別。

 私にとってトビーは家族で友人。そして兄の想い人な特別。

「きっと、私はまだ恋をしていないの。私は……私の恋が怖いのかもしれないわ」

「わたしは、わたしは。家族だとしても、男性が怖い。わたしは、わたしは彼も、こわい」

「そっか。しょーがないね」

 ぎゅっと握りしめたトビーの手にそっと触れる。

 罪悪感で潤んだ彼女の瞳をきれいだなぁなんて思いながらポンポンと彼女のこぶしをゆるくたたく。

 だってトビーは悪くない。

「安心させられない兄さんが悪いんだもの」

 これは私の本心。

 彼女も同意してくれた。

「いえ、あの、ミコトは別に悪くは……」

「好きだと思っている相手に安心させられないんだから兄さんが悪いでいいと思う」

 好意を示してくれる相手にそれなりに好意を抱いているのに返せない事実に罪悪感を抱いて沈んじゃうトビーがかわいくて仕方ない。

 そう。両想いなのにトラウマの影響でうまくいかない二人って見ていてすごくもどかしくて愛おしい。

「だいじょうぶ。兄さんは浮気なんかしないから!」

「いえ、むしろふさわしい素敵な恋人さんに出会えたらいいと思います」

 え。

「トビー、気の迷いでもそんなこと言わないで」

 兄さん、マジ泣きするから。

「いいえ、ミコトには、わたしよりふさわしい人がきっといますから」

 そっとはかなく微笑んで見せるトビーは魅力的ではあるのだけど、イラっともさせられる。

 まぁ、一番悪いのはお兄ちゃんだけど!

「まぁ、トビーが兄さん好みじゃないのは仕方ないよね。兄さん帰ってくるまでにトビーにも素敵な恋人出来るかもしれないし、待っててほしいと言われたわけでもないし、実際恋人としておつきあいしているわけでもないし」

 実際関係性としてはそばにいる親戚同士、家族づきあいだもの。

 トビーの兄弟たちがうちのお兄ちゃんとトビーのお付き合いに肯定的だからつい私もトビーに甘えちゃって入るけれど、お兄ちゃんの告白をトビーはいつだって困ったように流しているのだから。

 ああ、もう。

「私も反省すべきね。ごめんなさい。トビー」

「謝らないでください。わたしはわたしがミコトに応えられるとは考えられません。それでも」

 それでも?

 呟いてトビーはそっと海を見つめる。

「お誕生日おめでとうくらいは伝えたかったかもしれません」

 え。

 これ、やっぱり好きなんじゃんって叫んじゃダメな奴ですか?

 とりあえずは彼女が止めてくれるままに私も小さく「そうだね」とだけ呟くにとどめました。

 数時間後には「お兄ちゃんいない!」って騒ぎ立てる弟たちのお世話が待っているんです。

 今だけは静かにお兄ちゃんを見送ろうと思います。

 無事早めに帰ってこないと、クールに見えてかわいい女なトビーは他の男にとられちゃうぞバカ兄貴。



 夜風が飛ぼうと私を誘う夜。

 沖に消えた船橋のおじさまの船をベランダから見送る。

 世界が混ざって色々な観測が不能になっても空には月があり、星が見える。

 お兄ちゃんの共生契約者が『伝えないでおく』という通信を彼女を通して教えてくれる。

 どこまで内緒で通信は届くだろう?

 妹としてはお兄ちゃんが浮気したらチクっちゃうぞと手ぐすねだから。

 横で噛み殺したあくびが聞こえる。

「トビーは夜行性じゃないものね。部屋に戻ろうか」

「いえ、徹夜くらいへいきです」

 健康に良くないから。


「いってらっしゃい。お兄ちゃん」

「ミコト、起きたら海の上で驚くんでしょうね」

「きっと!」

 見れないのがとても残念!






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